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アンブレラ(生徒視点)
あーあ……、本当に嫌になる。
朝は晴れていたはずだった。なのにこの大雨。
遅刻ギリギリで家を出た時点で、今日はきっと、ついてない日だったんだ。
天気予報なんていちいち見てる暇もなく自宅を飛び出して、終始全力疾走したおかげで遅刻はなんとか免れた。
だけど普段はあまり使わないはずの、しかしその日に限って必要だった、存在感が薄いくせにムダに分厚い教科書を忘れた。
ちなみに体操着も忘れた。
挙げ句に弁当も忘れて、少ない小遣いから捻出して、あまりの懐の寒さに震えながら食堂へ行くはめになった。
「はあー……。まじかよ」
呟きとともに漏れたのは大きなため息。
学校の靴箱の前で佇み、玄関先から灰色に埋め尽くされた空を見上げる。
大粒の雨がひっきりなしに降り続いている。
午後からだんだん雲行きが怪しくなって、それからずっと降っているから、通り雨ってわけでもないんだろう。
外はいっそ見事なほどのどしゃ降りで、俺の心も泣きたいくらいにどんよりと沈む。
しかもこんな日に限って、以前した物理の抜き打ちテストで、赤点をとった生徒だけが出席必須の補講があって。
仲がいいやつらはみんなもう帰っちゃって、傘を借りれそうなやつもいなくて。
おまけに学校の置き傘も、いつもなら腐るほどあったらしいが、この豪雨と補習のせいで、余裕で争奪戦に負けた。
俺が予備の傘置き場に行ったころには、錆びたり折れたり、とにかく使えないようなボロボロの傘しかなかったのだ。
「どうすっかなあ……」
もうこの際濡れて帰るか。
それはそれで、帰ったら母さんに般若みたいな顔で怒られるんだろうな、なんて考え始めてしまうと、なかなか外への一歩が踏み出せない。
濡れて帰るのは気持ち悪くて嫌だけど、母さんの金切り声を聞くのはもっと嫌だ。
もう、本当どうしよう。
途方に暮れて、その場でしゃがみこむ。
屋根があるからここは濡れないはずのに、雨足が強すぎて地面を跳ね返って、足許に霧のような水が飛ぶ。
コンクリートで出来た短い階段は、雨の降る場所だけが真っ黒に染まっていた。
校門近くも、いくつもの小さな水溜まりがひとつになって、それは大きな池のように見えなくもない。
あそこに何の雨具もなしに丸腰で飛び込むのか……。やっぱ絶対むり。
冷たい風がぶわりと吹く。
顔に細かな雨が当たった。
初夏も近付いてきているせいか、気温だけは一丁前に高くて、湿気がすごい。
白いシャツが汗ばんだ肌に貼りつく。
蒸し暑い体感温度と、じめじめした生ぬるい不快さに、唯一冷たいそれはちょっと気持ちが良かった。
……あぁ、もういっか。帰るしかないし、な。
唐突に、諦めというか、悟った俺は、膝に手をついてゆっくりと立ち上がった。
瞬間だった。
「何してんだ、サカキ」
「っ先生……!」
「傘、ないのか?」
──振り向くと、さっきまで補習授業で一緒だった、物理の教師がいた。
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