炭鉱のカナリア

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 宮本に気がつかないフリをして、俺は急用ができたと嘯き飲み会を離脱することにした。  テーブルには魚介類をふんだんに使った美味そうな料理が並んでいたが、宮本が陰鬱な目でこちらを凝視しているのと、未だカナリアが鳴き止まないため、会費を多めに置いて早々と立ち去った。    店の前では藤野さんが白い息を夜に溶かしながら待っていてくれた。 「すみません、お待たせしました!」 「全然です。柏木さん、何飲みますか?」 「そうですね……ちょっと行ったところにバーがあるんですが、そこにしましょうか?」 「バーなんて私行った事ないです!お洒落なお店知ってるんですね!流石だなぁ」  藤野さんの鼻は寒さで赤くなっている。  ついさっき必死で近くの雰囲気の良いバーを検索していたため、店を出るのが遅くなって待たせてしまったせいだ。  少しの罪悪感は彼女が腕を組んできた事ですぐに忘れ去ったが、高鳴る心音に混じってカナリアの鳴く声がする。  何かと思い振り返るとフードデリバリーの自転車が猛スピードで彼女の後ろから迫ってきていた。  スマホをいじっているのか前を見ていない。  俺は急いで彼女を胸の中に引き寄せると、自転車は彼女のコートを軽く掠めすぐに見えなくなった。   (ふざけるな馬鹿、藤野さんが怪我でもしたらどう責任取るんだ)  自転車を睨みながらそう胸の中で毒づいていると、藤野さんが頬を赤らめて俺を上目遣いで見ている。  カナリアの声は次第に小さくなっていった。 「あ、ありがとうございます柏木さん。二回も助けてくれるなんて……」  街灯を映した潤んだ瞳に自制が効かなくなりそうで、俺は慌てて彼女を遠ざける。  ふと左手を見るとスマートウォッチの充電が切れてしまっていた様だ。  ここのところ忙しくて充電を疎かにしてしまっていたが、何とか彼女を助けることができて良かった。  そう思いながら俺は極力平静を装って微笑む。  気がつくと、ホテルのベッドの中だった。  隣では藤野さんが一糸纏わぬ姿で寝息を立てている。  バーに着いてからは緊張のあまり何を話したかあまり覚えていないが、どうやら俺は彼女と寝たらしい。  白く透ける様な肌に細いのに艶かしい肢体。  こんな美人と……と思わず生唾を飲む。  スマホを手に取ると午前3時17分。  カナリアに感謝をしなければと思い、カバンからスマートウォッチの充電器を取り出しコンセントに差し込む。  タバコに火をつけてから、藤野さんの美しく染まった茶色い髪を恐る恐る撫でながら一息ついていると、再起動されたスマートウォッチからカナリアの鳴く声が聞こえた。  何事かと思いあたりを見渡すが何もない。  あまりの五月蠅さに慌ててタバコを消すと、タバコの香りに混じり微かに焦げ臭い匂いがした。  急いで少ししか開かない窓を開け外を見ると、下の階から黒い煙が上がっている。  火事だ。  急いで藤野さんを起こし服を着て部屋を出る。  カナリアは鳴き続けていたが、またすぐに充電が切れてしまった。  煙に満ちた廊下を抜けて非常用階段を駆け降りると、俺たちが外に辿り着いた頃にはもう脱出もできない程に、ホテルは炎に包まれていた。  どうやら逃げ遅れた客たちが上の階の窓から身を乗り出して叫んでいる。  呆然としながら消火活動を見守っていると、藤野さんが涙を流しながら抱きついてきた。  ひっく、ひっくと、嗚咽すらも愛おしく思える彼女の背中を優しく叩きながら、俺は改めてカナリアに感謝をした。
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