炭鉱のカナリア

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 一体何の権限があって、あの陰気な女が俺の千明を貶すのか理解ができなかった。  頭に血が上り、仕事を投げ出して帰路につく道中、宮本に電話をかけた。 「……柏木さん?」  あの陰気な声が鼓膜を震わせる。 「おい!お前どういうつもりだよ!」  俺の怒号に通行人が振り返るが、今はそんなことを気にしている場合でない。  文句を言ってやらないと腹の虫がおさまらない。 「……すみません、すみません」  宮本は怯えた声で謝罪するばかりで、話が進まないことに苛立ちが募る。  都合の悪いことを聞かれたらすぐこれだ。  女は感情で話すから嫌になる。  千明はどんな事でもしっかりと話し合うことができる最高のパートナーで、お互い将来のことも考えつい先日もレストランでディナーを食べながら生命保険に加入したところだ。   「大体お前!時々俺に付き纏ってるだろ!バレてないとでも思ってるのかよ!」  電話の向こうではひっく、ひっくと嗚咽が聞こえる。  泣けば済むとでも思っているのか、少し良心が痛まないでもないが俺は続けた。  さっきからカナリアの鳴き声が聞こえていたが、充電が切れてしまったのか聞こえなくなった。 「あの、柏木さん……話を、聞いてくれませんか?」  宮本は鳴き声で俺に嘆願するが、こんな女の言うことなど聞きたくもない。  俺の貴重な時間を、千明と過ごせるはずの大切な時間をどうしてこの女に割いてやらねばならないのかと、怒りが胸の中で膨張していく。 「うるせぇよ!気持ち悪いんだよ!こっちはお前と話すことなんてないんだよ!二度と俺に姿を見せるなよストーカー女!」  そう言い放って電話を切る。  頭に血が昇って血管が脈打っているのが感覚として分かる。  陰気な女とは言え、女に罵声を浴びせるのは少し胸が痛むが、人生とは何かを得るのに何かを失わなければならないものだ。  俺と千明の未来を邪魔しようとする奴は徹底的に排除しなければならない。  そう思えば今の俺の行動も賞賛されるべきではないか。  宮本がどんなつもりであんなメッセージを寄越したのかは分からないが、はっきりと拒絶をしておくのが大切だ。  大体、俺の事業が成功してきたから言い寄ってくるなんて金目当ての最低の女だ。  千明だけは、起業してまだ波に乗らない頃でも電話越しに優しく支えてくれた。  千明を貶めるやつには絶対に容赦をしない。  俺はそう心に決めて、暑くなった頭と心を鎮めるためにタバコをゆっくりと一本吸った。  時間を確認しようとスマートウォッチを覗くが充電が切れているのを思い出し、代わりにスマホで時間を確認する。  あんな女に構っていたせいで少し待ち合わせに遅れてしまいそうだ。  歩いてもすぐの距離だったが、今の一件で疲労がどっと襲ってきたため、道でタクシーを拾い、その中でポータブル充電器でスマートウォッチの充電をしながら千明との待ち合わせのホテルへと向かった。  
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