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部屋中に響くカナリアの断末魔の中、俺は震える指で通話ボタンを押す。
バスルームからは規則的なシャワーの音が聞こえてくる。
「宮本か!?」
「よかった出てくれた!柏木さん!今自宅!?あの女と一緒ですか!?逃げて!今すぐ逃げてください!!」
俺の怒号にも怯まずに、宮本は泣き叫ぶ。
「いい加減にしろ!千明のことを悪く言う奴はぶっ殺すぞ!」
「柏木さん!話を聞いて下さい!かしわ……!!」
通話を中断して携帯の電源を切る。
大声を出したせいか頭が割れそうに痛む。
未だ鳴き止まないカナリアの不気味な鳴き声が脳を震わせるので、スマートウォッチを床に叩きつけるとようやく静かになった。
だが、アルコールのせいかうまく働かない頭に小さな疑問が浮かぶ。
今、電話を切ったというのにカナリアは鳴き続けていた。
ということはつまり、まだ危険な状況は解消されていないということだ。
……何がなんだか分からない。
宮本が警察を振り切りこちらに向かっているとでも言うのか。
そうだ、良く考えれば初めのノルマ達成会の日。
俺がトイレに席を立った後、皿のひっくり返る音と店員の謝罪する声が聞こえた。
あれは、俺のいた席に店員が熱したスキレットを落としたんじゃないのか?
それに年末の祝勝会の日。
仕事納めだから気が付かなかったが、確か年明けの仕事の時に、同僚たちがノロウイルスにあたって大変だったと言っていた。
あれはあの海鮮料理を食べてあたったんじゃないのか?
どちらの場にも宮本がいたからあいつが原因だと思っていたけど、まさかあいつは関係がないのか?
確かに、普段の宮本との会話中にカナリアが鳴くことはあったが、あれは思い返せばコーヒーをこぼしたとか、躓いて転ぶとか気にも留めない些細なことがあった。
その証拠に退社する日は宮本と話していてもカナリアは鳴かなかったじゃないか。
だとすると、今の鳴き声は一体なんだったんだ。
宮本以外に、いつもカナリアが鳴く時に一緒にいた人間。
目の奥が熱くなり、顳顬で血管が激しく脈打つ。
…………千明だ。
思えば初めの出会いも鉄パイプが落ちてしばらく経っていたと言うのにカナリアは鳴き止まなかった。
鳴き止んだのは千明が立ち去ってからだ。
目黒川沿いを歩いていた時も確かに自転車は後ろから来ていたが、俺にぶつかりそうなわけじゃなかった。
そもそもカナリアは俺の危険にだけ鳴くもので、千明の危険を知らせるものじゃない。
もしや、千明と一緒にいることで鳴いていたんじゃないのか?
ホテルでの火事は偶然だとしても、もしかしたら電源さえ入っていれば一晩中カナリアは鳴いていたんじゃないのか。
今夜のレストランでも、宮本が警備員に連れて行かれたと言うのにカナリアは鳴き続けていた……。
バスルームからは規則的なシャワーの音が聞こえてくる。
そして今。
慌ててスマホの電源を入れると、宮本からメッセージが入っていた。
整形をしながら保険金殺人を繰り返している女の顔写真。
何枚もの写真は別人の顔をしているが全て同一人物だとのこと。
そして公園で撮られた千明の顔写真もそこに並べられていた。
どう見たってそれらの写真と千明は別人だが、よくよく見ると耳の形が同じだった。
まさか、そんな。
無意識についたため息で意識が戻る。
バスルームからは規則的なシャワーの音が聞こえてきている。
頭が割れそうに痛い。
心臓が破裂しそうに脈を打つ。
息を切らしながら、ふと、背後に気配を感じて振り返る。
そこにいたのは、ロープを持ちながらニタニタと嗤う千明だった。
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