閉店

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 横浜駅構内中央通路、ガス燈の前。  今日も待ち合わせの人がいっぱい。  黒髪の女がスマートフォンでニュースを読んでいる。 『会社経営者殺人事件、犯人の女を逮捕  都内で会社を経営する柏木誠さん(25)が本日未明、横浜市の自宅マンションで首を絞められ殺害された。犯人は被害者の婚約者であり自称家事手伝いの藤野千明(24)。警察の調べによれば藤野は整形手術で顔を変えながら保険金殺人を繰り返していた。家庭的で家族思いな女性を装い相手の警戒心を解くのが藤野の手口で、今回の事件は被害者の元同僚からの通報で警察が現場に乗り込んで発覚。現場からは記入済みの婚姻届が見つかっており、藤野は自殺に見せかけて被害者を殺害し保険金を受け取る算段だったと考えられている。警察は一連の保険金殺人についても改めて捜査を行っていく予定としている」  クスクスと笑う黒髪の女。 「人間って危険だと分かっていても、選択を間違えてしまう生き物なのね。だから言ったのに、人の話は最後まで聞いて下さいって」  女はどこにいくでもなく目を瞑って息を止めて歩き始めた。  足音が喧騒にかき消されていく。  今日も横浜駅は人でいっぱい。  人の数だけ欲望がある。  人の数だけ苦悩がある。    人生に迷ったらぜひお越しください。  横浜駅構内中央通路、ガス燈を背にしたら目を瞑って息を止めて。  それからまずは左へ十五歩。  一度止まって左へ十五歩。  再び止まって左へ十五歩。  三度止まって左へ十五歩。  時の流れに逆らう一分間。  決して目を開けてはいけません。  決して声を出してはいけません。  決して息をしてはいけません。  誰ともぶつかってはいけません。  再び目を開いた時、ガス燈を挟んだ向こう側。  静かな静かな横浜駅で、またのご来店お待ちしています。 <炭鉱のカナリア 完>    
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