炭鉱のカナリア

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炭鉱のカナリア

 無意識についたため息で意識が戻る。  今にもホームから身を転じてしまいそうになるのを爪先に力を込めて堪えた。  横浜駅から京浜東北線に揺られて三十分。  職場と自宅を往復する毎日。  社会とは誰かの苦しみを潤滑油にした歯車の様で、この機械を上手く回していくにはきっと誰かが損をしていなくてはならない。  きっとそういう風にできている。  新卒で入社した会社も気がつけば三年目。  毎年入社してくる新入社員も我が社の風土が合わないのか、一年後には殆ど残らない。  働き方改革だなんて誰が言い出したのか知らないが、社会経験のないお偉様方にはきっと俺たちの気持ちなんて一生分からないだろう。  上司のパワハラ、取引先からの無理な注文、残業、社内の人間関係。  そのどれもが考えるだけでも憂鬱になる。  こんな気持ちで仕事をしているから、俺はいつもここぞという時の選択を誤ってしまう。  今日だって取引先への手土産を迷った結果、相手方が苦手だという和菓子を選んでしまった。  会社に戻ってからは上司から「事前に言っておいただろう!」という聞いた覚えのない事柄への叱責。  社員達の前で長々と続く説教という名のストレス発散は、同期入社の宮本が上司にお茶を差し入れたことでようやく終わりを迎えたが、人から直接向けられる剥き出しの悪意というのはこうも精神を消耗させるのか。  ようやく着いた横浜駅は相変わらずの人混みで、金曜の夜だからか既に酔っているやつらも多い。  活気に満ちた金曜日の夜ほど嫌いなものはない。  明日から始まる休みに対する希望と仕事から解放された解放感が夜の空気を煌めかせていて、そこには俺の居場所なんてどこにもない様に思える。  改札を出て今日の夕飯もコンビニで済ませるかなどと靄のかかった頭で考えていると、ガス燈が目に入った。  そこは相変わらず待ち合わせのカップルや若者でいっぱいで、思わず小さく舌打ちをする。  構内には人生のことなど何も考えていない様な笑い声や、神経を逆撫でする馬鹿みたいな大声が響いていて、ドクドクと苛立ちが強くなり、ふと先日SNSで見た占い師の話を思い出した。
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