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「ようこそお越しくださいました。人生に迷っていらっしゃるとお見受けします」
女は心地よい声で微笑みを浮かべながら話しかける。
あまりのことに俺は声が出ない。
喉が渇いて仕方がなく唾を飲み込むが、うまく喉を通らずにむせてしまった。
「…………あなたが占い師ですか?」
ようやく口にした言葉は我ながら馬鹿みたいな質問だった。
「皆様にはそう呼ばれていますが、私にはちゃんと名前があります。十二星 夢花と申します」
鼻筋の通った美人の笑顔に俺は思わず顔が赤くなる。
「当てて見せましょうか。あなたは今とても悩んでいることがありますね。連日の残業が終わりようやく会社から離れられたというのに、恋人もおらずこれからコンビニエンスストアでお弁当でも買って、一人で晩酌でもしようと考えている。当たっていますか?」
胸の前で合わせた細くしなやかな指先にはやはり真紅のマニキュア塗られている。
今の俺の状況をズバリ言い当てられたわけだが、何故だか頭は冴えていてこれしきのことでは動揺しなかった。
占い師の使う手法はそれなりに知っている。
コールドリーディングにバーナム効果。
相手を良く観察して誰にでも当てはまることを言いながら信頼関係を築いていく。
誰にだって悩みはあるものだし、俺のスーツ姿を見れば社会人だと一目でわかるだろう。
こんな時間に一人暗い顔をしているし、俺の指にはどこにも指輪はない。
そう、誰にだって言えることをこの女は言っているだけだ。
「……そんなこと、誰だって分かりますよね?」
クスクスと笑う女の顔に何故だか無性に腹が立つ。
馬鹿みたいな行動をした結果がこれだ。
また選択を誤ってしまった。
一刻も早く家に帰って酒でも飲んで忘れたいと思い、踵を返そうとした時だった。
「柏木 誠さん。25歳。千葉県の生まれで大学卒業後は横浜で一人暮らし。新卒で入社した品川にある新規電力会社の営業部で現在三年目。今日は取引先に最中を持っていき上司に理不尽に叱られましたね。行きつけのコンビニは自宅の近くのクロネコヤマート。音楽や読書、映画鑑賞にスポーツなどには興味がなく唯一の趣味はプラモデルを作ってSNSにアップすること。SNSのアカウント名は……」
一瞬社員証を首から下げたままだったかと思ったが、それだけでは説明がつかない。
全身の毛が逆立つ様な恐ろしさを感じ、目を瞑りながら得意気に喋る彼女の話を急いで遮る。
「ちょっと待ってください!……どうしてそれを?」
こんなこといくら占い師だからと言ったって分かりようがない。
「……信用していただけましたでしょうか?初めての方はお代は結構ですよ」
彼女の赤い唇が再びにこりと歪んだ。
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