炭鉱のカナリア

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 鎖のついた矢で心臓を射抜かれたのか。  その一瞬で俺は女の虜にでもなった様に心酔し、気がつけば悩みを打ち明けていた。  いつも大事なところで選択を間違ってしまう。  二社獲得した内定先のうち、就職しなかった会社は業績が伸び福利厚生、社内環境の改善に精力的に取り組んでいてホワイト企業として新聞に特集が組まれるほどだ。  経済紙に乗せられて始めた投資では大損を出し、仕事でも重要な局面では必ずと言っていいほど間違った選択をしてしまう。  果てにはコンビニで買ったクジ付きのアイスですら外れる始末。  涙ながらに語る俺の姿を、女は口も開かずに微笑を携えたまま静かに眺めていた。 「それは辛かったですね、柏木さん。あなたは自らの選択が過ちだったと考えていらっしゃるのですね」 「えぇ、昔からこうなんです。重要な場面になるほど、何故だか失敗してしまう……」 「もし、あなたに迫る危険、過ちを知らせてくれるものがあれば、あなたは選択を間違えないと思いますか?」  真紅の唇が艶かしく動き、俺は目が釘付けになった。 「も、もちろんです!選択の先が危険かどうか分かれば苦労はしないでしょう?……でもそんなこと人間にはできないでしょう」 「柏木さん、カナリアという鳥をご存知ですか?」 「え?えぇ、もちろん名前くらいは」 「美しい鳴き声を持つカナリアはとても弱い生き物です。その昔炭鉱で働く男たちにとって、時折発生する有毒ガスは命を危険に晒すものでした。ですが、ガスに気が付いた時にはもう遅く、手遅れ。そこで、男たちは人間よりも有毒ガスに敏感なカナリアを連れていくことを思いつきます。カナリアが死んだということは、先へ進むのは危険な選択ということです。これは現在でも利用されていて、かの有名な事件でも、捜査員たちはカナリアを手に地下鉄へ潜っていきました」  そう言えば何かの記事で読んだことがある気がした。 「結果をお伝えいたします。あなたは”炭鉱のカナリア”。これから先、あなたの身に危険が迫った時にそれが分かる様になるでしょう」 「……馬鹿にしてるんですか!?どうやって未来のことが分かるっていうんですか!」  頭にきて俺は思わず大声を出してしまったが、女は少しも動じる様子がない。 「柏木さん、話は最後まで聞いてくださいね」  クスクスと、女の口元に微笑みが漏れる。  女が空中に右手を伸ばすと、どこからか黄色い小さな鳥が飛んできてその指に止まった。  時折響く美しい鳴き声にまるで森林の中にいるかの様な感覚を覚える。  そして、女が何か呟いたかと思うと黄色い鳥が俺を目指して飛んできて、左手にはめたスマートウォッチの中に消えていった。 「これから先あなたの身に危険が迫った時にはカナリアが教えてくれます。くれぐれも選択を誤らない様にしてくださいませ」  赤い唇が歪んで微笑んだかと思うと、気がつけば俺は再び喧騒に包まれた横浜駅に戻っていた。
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