炭鉱のカナリア

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 無意識についたため息で意識が戻る。  俺は夢でも見ていたのか、疲れのあまり気でも失っていたのか。 (とにかく早く帰って晩酌でもしよう)  繁華街を抜けて自宅近くのクロネコヤマートに入ろうとした時、不意に左手のスマートウォッチが小さな音を立てた。  今までに聞いたことのない美しい鳥の鳴き声。  急いで設定を確認するがミュートになっている。  音を消そうにもどうすることもできずにいると、店の入口に近づく毎に音が大きくなっていく。  店から離れるとスマートウォッチは夜の閑静な住宅街に溶け込む様に静かになったので、俺は仕方なくどこにも寄らずに家に帰ることにした。 (確かカップラーメンくらいあっただろう。ビールも一缶くらいは……)  不思議に思いながらもアパートまで辿り着き、部屋に入るとどっと疲れが押し寄せる。  鞄を無造作に投げ、ヤカンを火にかける。  スーツを脱ぎ捨て部屋着に着替え終わると、シンク下の収納からカップラーメンを見つけ出し、冷蔵庫からビールを取り出した。  お湯の沸騰する音に混じり、何やら外でサイレンが聞こえる。  それも何台も駆けつけている様だ。  鳴り止まないサイレンを煩わしく思いながらもカップラーメンにお湯を注ぐと、蒸気で曇る視界の中、食欲をそそる香りが鼻をつく。  項垂れる様に床に座ってテレビのスイッチを入れると、動物園でパンダの赤ちゃんが産まれたとか、保険金殺人の女が整形をして逃亡中だとか、国会での議員の居眠りだとかいう普段通りの下らない話題の中、突然不愉快なアラーム音とともに緊急ニュースが流れ始めた。  どうやらつい先程コンビニに強盗が押し入り、従業員、客を含め四人が殺されたらしい。  事件内容と不釣り合いなポップで明るいスタジオのセットの中で、若い男性アナウンサーが深刻な面持ちで原稿を読み上げている。  そして切り替わった映像に映し出されていたのは、先ほど俺が入ろうとしたクロネコヤマートだった。  驚きのあまり俺はしばらく身動きが取れず、箸を持ったまま画面を食い入る様に見つめた。  顳顬(こめかみ)から汗が静かに流れてくる。  店の周りには狂った様に赤色灯を回す緊急車両が並んでいて、警察に連行される犯人と思われる男は薬物中毒なのか気が触れた様な声をあげ笑っていた。  自分の部屋だというのにまるで現実感のない光景。  どれくらいの時間が経っただろう。  無意識についたため息で意識が戻る。  急いで左手のスマートウォッチを確認すると、入れた覚えのない黄色い鳥のアイコンのアプリが入っている。  高鳴る心臓の鼓動と、液晶画面の中の血飛沫に染まった店のガラス戸の真紅色が胸の奥から記憶を呼び覚ます。  横浜駅、ガス燈、黒髪の女、真紅のマニキュアに、歪んで微笑む真紅の唇。  そして炭鉱のカナリア。  気がつけばカップラーメンは汁を吸い伸び切っていて、俺は炭酸の抜けたビールを口に含んだ。  徐々に巡っていくアルコールに脳が酩酊していくのを感じながら。
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