炭鉱のカナリア

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 それからというもの、人生は好調に回り始めた。  カナリアの声はどうやら他人には聞こえない様で、選択を誤りそうな時には俺だけに警告を鳴らしてくれた。  スマートウォッチの電源が切れている時には流石に鳴らない様なので、俺は極力充電を切らさない様に気を使った。  仕事も順調に進んでいき、今期には営業成績もトップとなり表彰までされた。  給与も鰻登りに増えてきて、カナリアの鳴き声のおかげで余剰資金を危険な銘柄を避けて投資に回すことができる様になった。  金に余裕ができると人生にも余裕ができる。  少し前まで下を向いて歩いていた俺の視界には、今ではどこまでも広がる世界が映っていた。  自信に溢れた瞳で見る世界はこんなにも美しい。  今夜はノルマ達成祝いの飲み会があった。  パワハラ気質の会社のせいか社員は全員強制的に参加させられ、営業成績の悪い者はその場で吊し上げにあうという未だ残る前時代的な風習があり、以前までの俺であれば飲み会の日は一日中憂鬱だった。  だが、今は違った。  そもそも今日の飲み会は俺のために開かれるのもあって、あれほど憎んでいた上司も上機嫌で俺にお酌をしてくれるのが気分が良く酒も進む。 「柏木さん、飲み過ぎてませんか?大丈夫ですか?」  ジュージューと音をたてる熱いスキレット料理を新人と思しき店員が運び込んでくる中、入口側の隣の席に座る女子社員、宮本がおどおどしながら話しかけてくる。  同期のよしみで俺をよく気にかけてくれる女で、その存在を以前はありがたく思ったものだが、こうしてみると自信のない陰気な女ほど鬱陶しいものはない。  それでいてまるで母親の様なことを言うものだからすっかり酔いも醒めてしまいそうで、酒が不味くなると一言文句を言おうと思ったその時だった。  左腕のスマートウォッチからカナリアの声が聞こえた。  宮本の方へ視線を向けるとより強く鳴り続ける。  俺はいい知れぬ不安感から、口をつぐんでさっと席を立った。  宮本は相変わらずおどおどしながらこちらを見ているが、俺は気にせずにトイレに向かうことにした。  金曜の夜のせいもあって賑わう店内は笑い声が溢れていて、その中で威勢の良い掛け声や皿がひっくり返る大きな音と共に店員の謝る声などが響いている。  俺は鳴き声が鳴り止んだことに安堵し、トイレから出た後外でゆっくりとタバコを一服してから飲みの席へと戻った。  なるべく宮本から距離を置こうと、入り口すぐの席が空いていたのでそこに座りハイボールを注文する。  カナリアは黙ったままだ。  隣の席は新人で今期のノルマを達成できずに暗い顔をしていたので、俺は仕事についての心構えを滔々と説き、結果が出せないのだから土下座をしてでも契約を取れと、それすらできない使えない社員はさっさと辞めろと親切心からアドバイスしてやった。  言い返せない相手に長々と高説を垂れるのは最高の酒の肴になるのだと、アルコールの巡った頭で思った。
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