46.本音を隠すのも優しい嘘です

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46.本音を隠すのも優しい嘘です

 お父様は私に甘い。カールお兄様がいるけれど、念願の跡取り娘だもの。昔はお父様と結婚すると宣言したこともあったわ。優しくて見た目も良くて、私のイケメン好きは前世の影響より、お母様やお父様のせいだと思う。  すっごい美女とイケメンの両親を見て育ったんだもの、理想は高くなるのが当然よね。カールお兄様も、あの余分な筋肉を半分にしてくれたら理想的な王子様よ。お祖父様だって、ロマンスグレーと表現するのが似合うイケオジだもの。  それぞれに自己紹介が終わり、エリーアスお父様が私の隣でお茶を用意し始めた。昔からお母様に淹れていたから、紅茶に詳しいのよ。本人の趣味もあるけど、お菓子作りも大好きで。小さい頃は、うちの仕組みが一般的だと勘違いしていたわ。  お母様が仕事、お父様がおやつやお茶の支度をする家庭が、貴族なのだと。いろいろ勉強する中で、うちが特殊なのだと気づくまでさほど時間は掛からなかった。王族、それも女王の配偶者が自らお茶を淹れるなんて……侍女が焦るわけよね。 「お父様のお茶は久しぶりだわ」 「ふふっ、僕の可愛い天使のお口に合うといいけど。アマーリエが好きなお茶を用意したよ。こっちは僕や父が好きなお茶だね」  二種類を丁寧に注いで差し出され、エルフリーデは作法に則って優雅に口をつける。一口飲み干し、もう一口含んでから褒めるのがこの国のマナーなの。もう勉強したのかしら。それともアリッサム国の王妃教育で学んだのかも。  シュトルンツ独特の作法を披露した彼女に、お祖父様とお父様は好感を持ったみたい。専属執事の仕事を取られて手持ち無沙汰のテオドールは、せっせと砂糖やジャムを並べ始めた。 「大変見事ですね。ハーブの香りも十分に引き出され、これ以上のお茶はないでしょう」  品よく話す美形エルフの微笑みに、ぶっとお茶を吹き出しかけてハンカチで押さえた。テオドールがさっと交換のハンカチを差し出す。見覚えがあるハンカチを受け取り、口元に当てる。気管に入らなくて良かったわ。咳が止まらなくなっちゃう。  あなた、また私のクローゼットから持ち出したわね? 私の匂いがする物を身につけたいと、よくわからないお強請りをされたのは数年前だった。許可を出した覚えはないけど、特段咎めなかったので持ち出したのだろう。 「ローゼンミュラー王太女殿下のお慈悲で、僕のような者にも居場所と役割を与えていただきました。感謝しております」  さらに続けるリュシアンに、目配せした。もうやめて。上品なハイエルフをこれ以上演じられたら、今度こそ気管に入って咽せるわ。私を笑い殺す気なの?  状況を理解したエルフリーデは、一歩引いて静観の構え。時勢を読む能力に長けているのは素晴らしいけど、今披露しないで欲しかったわ。 「リュシアン殿だったかな? 僕の娘はやらないからそのつもりで」 「ほっほっほ、安心なされ。そのような戯言を口にしようものなら、このじぃが処分いたしましょう」  お父様もお祖父様も怖い。でも擽ったくて嬉しくて、うふふと笑いが漏れた。エルフリーデも混じり、皆がいろんな意味の笑みを浮かべる。お茶会は一応、成功かしらね?  乾燥や害虫に強い種苗についてお祖父様と盛り上がるリュシアンは、生き生きとしていた。お父様に紅茶の種類を習うエルフリーデも笑顔だわ。美味しいお茶を口に運びながら、うまくいった顔合わせに頬が緩んだ。次はお母様も誘わないと……。 「ヒルト、なぜ誘わなかった!」  お兄様が駆け込んで来るまで、本当に上手くいっていたのに。苦笑いして私は振り返った。訓練をしていたのか、汗だくのシャツをそのままで大股に歩み寄るカールお兄様。金髪の王子様像が台無しですわ。 「訓練でお忙しそうでしたから」  おほほと扇を広げて笑う私に、お父様がもの言いたげな目を向ける。だって「忘れてた」と正直に言ったら泣いてしまうわ。本音を隠すのも優しい嘘です。
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