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41.魔王陛下には堪えたでしょうね
魔王ユーグを置いて、私達は病院を出る。テオドールの手配で、馬車が横付けされていた。振り返るリュシアンの拳は握られたまま。血が滲むほど強く、力を込めた彼の前に私の手を差し伸べた。
「リュシアン、エスコートしてくださる?」
「あ、ああ」
300年無駄に生きたわけじゃないでしょう? そう笑って促せば、リュシアンは我に返った様子だった。魔王に固定されていた憎しみと視線が逸れる。爪の痕が残る手のひらを上に、僅かに膝を曲げて待つ彼に私の手を預けた。
リュシアンと並んで顔を上げ、顎を反らして馬車に乗り込む。当たり前のように続くリュシアンが向かいに腰掛け、むっとした顔のテオドールが隣に座る。執事が隣に座ることを許した時点で、私はかなり譲歩してるのよ? あなたの手を借りなかったからって、子どもみたいに膨れないで頂戴。
護衛の騎士服を纏うエルフリーデは内部の居心地の悪さを知らず、騎乗して続く。馬車と一緒に用意された愛馬に揺られる彼女を羨ましく思いながら、私は言葉を選んだ。馬車はがたごと煩い。やや大きめの声で話しかけた。
「リュシアン、順番が逆になったけれど……私の友人にならない?」
「ん? もう友人だと思ってたけど」
高ぶった感情が収まらない口ぶりだが、不思議そうに目を見開く彼にぷっと吹き出した。そうなの? じゃあ、事後承諾でも嘘でもなかったのね。
「ありがとう。それなら最後の一言、きっと魔王陛下には堪えたでしょうね」
「俺が否定しなかったからな。寝る前に枕に八つ当たりするんじゃねえか」
「ずいぶん具体的ね」
「あいつ、溜め込むくせに発散が下手くそなんだよ」
謝っても許さないと啖呵を切ったわりに、すごく親しい感じ。幼馴染みたいな口調だわ。小説で知る限り、彼らの友情は50年近く育まれたんだもの。幼馴染どころか、熟年夫婦並みの時間を過ごしたことになるわ。
「いつか許してあげなさいよ? そうね、私の人生に付き合って、見送ってからが丁度いいかしら」
「あ、そっか。人族だから早く死ぬのか」
「貴様…っ!」
テオドールが怒鳴りかけたのを、彼の手を握って収める。すっと熱が冷める辺り、どれだけ私に執着してるか理解できて辛いわ。本当はBLゲーム「亡国の珠玉~愛するために失うもの~」で、主人公に対して執着するのよね。
ヤンデレで監禁ルートが標準なのよ。私を束縛しない辺りは、飼い慣らした成果かしら。元のお話はすっかり台無しになって、主人公は王子様の監禁ルートでジ・エンド。拾ってから再教育したお陰で、今はテオドールも大人しくなったわ。
「生きても100年前後だから、その後は好きにするといいわ。でも私が生きてる間は、いろいろ手伝ってもらうわよ」
「いいぜ、100年なら付き合ってやるよ」
予想してたより、あっさりと落ちたわね。もっと抵抗すると思った。魔王ユーグから匿うと理由を付けて取り込むつもりだったけど、彼が自ら協力してくれるなら有難いわ。内政問題を一気に解決できるもの。増えた人口分の食料自給率を上げないといけないし、精霊魔法のチートも存分に発揮してもらいたい。
「……お嬢様、本当にコイツは役立つのですか」
「やぁね、上手に使いこなしてこそ……大国の王太女でしょう?」
広げた扇で口元を隠し、私は優雅に笑った。直後、もう一言加えようとして舌を噛んでしまい……我が国の領土に戻るまで無言になった。いつか私の領土にして舗装してやるんだから!
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