42.誰も欠けてはダメよ

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42.誰も欠けてはダメよ

 エルフ達の国は、今後徐々に衰退していくでしょう。国に閉じこもって自分達を守るより、外へ出ればいいわ。硬い殻に覆われていたエルフ達も、庇護する精霊が減れば動かざるを得ない。国を潤していた豊富な水や恵まれた果樹や畑も、精霊の数に応じて減っていくのだから。  外へ目を向け、他国と交流する。自分達の足で歩く時期が来ただけの話だった。手取り足取り大切に保護された膜の中で、安穏と生きる時間の流れは消え、周囲に合わせて変化するでしょう。  長い人生をただ変化なく生きてきたから、視野が狭くなっているのよ。母親じゃないんだから、精霊におんぶに抱っこは無理があるわよね。彼らが好意で面倒を見てくれてたけど、それが終了になるだけ。誰も悪くないわ。 「辛辣ですね、お嬢様」 「そう?」  本当のことしか言ってないわ。リュシアンはからりと笑った。ハイエルフとして行儀よく振舞った仕草ではなく、市井の子ども達のように明るい大声で。おかしくて堪らないと笑い飛ばし、目に滲んだ涙を拭いながら大きく息を吐きだした。 「はぁ、ほんっとにいい性格してんぜ、あんた」 「……言葉遣いが不遜に過ぎるぞ」  テオドールが凄んでも知らん顔しているのは、長寿種族の余裕かしら。長く生きるエルフ族や魔族は、命に対しての執着が希薄なのよね。人族なんて、欲深さの権化だもの。エルフの血を飲んだら不老不死になると聞いて、捕えようと躍起になった話が残ってるくらいよ。 「エルフの血って、不老不死になるのかしら」 「試してみる?」 「やめておくわ。美味しくないと思うし、不良ハイエルフの血だと失敗しそう」 「不良? ひどい言い方だな」  冗談で口にして、笑顔で返される。こんなやり取り、国の貴族令嬢達とは無理ね。地位や立場に縛られて生きていく。それは私も同じだけれど、そうじゃない人間関係も欲しいわ。だって、私は欲深い人間だもの。  揺れが収まった舗装路を順調に進む馬車の中で、テオドールの肩に寄り掛かる。膝枕に変更しようとするのを断って、肩に頬を乗せた。 「お嬢様、この体勢は疲れませんか」 「平気……あふっ、少し眠るからお願いね」  テオドールの返事を聞く前に意識が薄れていった。ぼんやりと戻っていく。もう夢の中でしか会えない家族、愛犬、そして……大切な親友も。あれこれ小さな悩みはあるけど、幸せだった前世。どうしてこの世界に生まれ変わったのか、まったく心当たりがなかった。  数年経って、ようやく歴史や地理の勉強で周辺国の名を知って気付く。シュトルンツ国を除くすべての国が、私の知る物語と一致することを。テオドールを拾い、私の推しだった悪役令嬢達を助け、国同士の争いをなくしてみせるわ。  優しく温かな手が触れた頬が、やや緩んで笑みを浮かべた。だから、誰も欠けてはダメよ。大切な推し達を幸せにするのは、私の役目だもの。
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