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終演後の打ち上げで、僕ら二人は皆からの祝福を受けた。ある者は涙を浮かべながら、またある者は優しい笑顔で僕らの婚約を祝ってくれた。
弦哉など、すっかり酔っぱらった勢いで号泣し出すので、僕は思わず笑ってしまった。あんなに僕と奏佑の関係に反対していた弦哉がすっかりこんなに丸くなるなんて。
そんな弦哉だが、東京の芸術大学に進学したものの、指揮科に進学したというから驚きだ。あんなにピアノ以外のことに関心を持つな、と言っていた弦哉がね……。人も年月が経てば随分と変わるものだ。今は修士課程で指揮法の勉強を続けているそうだ。
心音は大阪の音楽大学に進学し、今はピアノの先生として活躍している。僕との関係はすっかりと終わり、今では大学時代に付き合い始めた彼氏と結婚し今日は二人で僕らのコンサートに来ている。その旦那さんというのが声楽科の出身で、オペラが趣味の僕や奏佑とすっかりオペラ談義に夢中になっていた。
「でもさ、まだ日本では男同士結婚できない訳じゃん? 結婚っていってもどうするの?」
と、東京の大学を卒業し、今は僕らの母校となる高校で教師をしている隼人が僕らに尋ねた。
「確かにそうだよ。奏佑、その辺、どうするつもりなの?」
奏佑がそんな隼人の疑問に答える。
「うん。そうだよ。こっちではまだ結婚は認められない。でも、俺も律もドイツを拠点にしているし、このままいけばドイツでの永住権も取れそうなんだ。だから、ドイツの役所に婚姻届は提出するよ」
「なるほど、そういう方法を取るんだね」
と隼人は納得した。でも、いつか、日本でも僕たちの婚姻届けが受理される時が来たらいいな……。僕はふとそう思った。すると、奏佑も同じことを口にした。
「ま、いずれこっちでも結婚が認められるようになったら出すつもりでいるけどね」
奏佑はそんな真面目な話をしながらも、夢中で刺身のお造りを頬張っている。
「奏佑ってお刺身そんなに好きだったっけ?」
僕が口いっぱいに刺身を頬張る奏佑に笑いながら尋ねると、
「だって、ドイツじゃ生魚なんか食べる習慣ないからさ。今の内にたくさん食べとこうと思って。やっぱり食事は和食がいいよ」
と、今度は唐揚げにがっついている。
「あはは、確かにそうだよね。でも、日本にいるのは今日だけじゃないし、あまり食べ過ぎてお腹壊したら嫌だよ」
「そんなに俺の腹はやわじゃねぇよ」
奏佑はそう言いながら、脇目も振らずに料理に手を伸ばしている。僕は半分呆れながらも、そんな奏佑が愛おしくてそっと奏佑の肩に頭を預けた。急に僕の股間がムズムズし、奏佑を求めたくなる。僕は目をトロンとさせて奏佑に囁いた。
「ねぇ、今日、帰ったら楽しいことしよ?」
「楽しいこと? って、ゲームか何かか?」
は? 何でそこでゲームになるんだよ! 奏佑は食べ物に夢中でちっとも僕の意図することをわかってくれない。僕はガッカリするのと同時に鈍感な奏佑に少々腹が立った。
「ちっがうよ。もう、知らない」
僕がいじけてプイっと横を向いたのを心音がクスリと笑った。
「相変わらず、律くんは甘えん坊なんだね」
僕は顔を赤くして反論した。
「僕が甘えん坊だったことなんて今まで一度もなかったけど?」
「よく言うわ。ずっと津々見さんにべったりだったでしょ? 今みたいに」
あー、もう心音ったらいらないことばかり言って来やがって! 僕は一気にビールを流し込んだ。
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