第九章 プロポーズ

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 その夜、すっかりほろ酔い状態で気持ちよくなった僕らは、居酒屋から近い僕の実家に泊まることにした。僕の部屋に二人で機嫌よく肩を組み合いながら入った。この部屋にこうやって二人で上がり込むのも久しぶりだ。  ようやく一休みできそうだ。そう思った瞬間、奏佑(そうすけ)がベッドの上に僕を押し倒し、服を脱がせにかかった。 「奏佑! ちょっといきなり何するの?」 そう叫ぶ僕の唇を奏佑は奪った。 「楽しいこと、したいんだろ?」  奏佑がそう僕の耳元で囁く。クソ! わかっていたのかよ。だったらそう言ってくれればいいのに。僕がそう思ったのを奏佑はすぐに察知してニヤニヤ笑った。 「(りつ)()ねるなよ。ちゃんと、俺はお前の考えていることわかっているからさ。でも、皆の前でまさか律とエッチします、なんて言えないだろ? でも、律は俺と婚約したまさに今夜、俺と一つになりたかったんだよな?」 「そ、そんなこと……」 「そんなことないってか?」 「……あります……」  キーイッ! 本当に食えないやつだよな、奏佑は。僕は奏佑の掌の上で転がされていたことを悔しく思いながらも、奏佑の指使いに(ほだ)され、身体をよがらせながら裸にされていった。  全く、これじゃあ勝てないよな、奏佑には。奏佑は僕を落としてから上げるのが上手すぎるよ! 「でも、俺も結婚することになった律を、婚約したこの日にしっかりと抱いておきたいと思っていたんだ」  奏佑はそう言って、自分の服を脱ぎ捨てた。同じく裸になった奏佑と身体と身体を重ね合わせる。結局、僕たちは考えることもいつも同じらしい。  奏佑はそのまま僕を優しく、だが同時に激しく求め続けた。奏佑の素肌を直に感じながら、僕の身も心も奏佑の中に溶け込んでいくのだった。  翌朝、夜遅くまで盛り合ったおかげですっかり寝坊した僕ら二人に、母さんが目玉焼きを作って待っていてくれた。母さんの目玉焼きを食べるのもいつぶりだろうか。目玉焼きくらい、ドイツでもいくらでも作れるが、「お袋の味」はやっぱり一味違うよね。  僕と奏佑は並んで手を合わせると、遅い朝食を食べ始めた。奏佑にはコーヒーが、コーヒーをいまだに飲めない僕には牛乳が出されている。僕らは仲良く目玉焼きを互いに食べさせ合いながら、久しぶりに二人でゆっくり過ごす実家を満喫していた。そんな僕らの様子を見ていた母さんがポツリとつぶやいた。 「二人とも本当の夫婦みたいね」  僕と奏佑は思わず母さんのその一言に吹き出しそうになった。そりゃ、これから僕と奏佑は結婚するんだもの。それで合ってるんだよ。僕は母さんにツッコミを入れた。 「夫婦みたい、じゃなくて、これから夫夫(ふうふ)になるの」 「ああ、そうだったわね。で、どっちが奥さんになるつもり?」  母さんは僕たち二人の結婚生活に興味津々といった様子だ。それにしても「奥さん」って……。僕らは顔を見合わせた。 「どっちだろ?」 「そりゃ、夜のポジション的に律が奥さんじゃね?」 「は? 何で夜のポジションがここで関係あるんだよ」  軽く言い争いを始める僕らをニコニコ眺めていた母さんは、 「でも、二人とも心は女の子なんでしょ? 性転換手術もゆくゆくは受けたいと思っているの? でも、それだけはやめてちょうだいね。律がいくら女の子になりたくても、身体にメスを入れるのだけはお母さん、心配で賛成できないわ」 などと発言したので、僕は思わず飲みかけの牛乳を噴き出しそうになった。 「あのねぇ! 僕は心は男のままなの! 別に女の人の心だから奏佑が好きなわけじゃなくて、僕は男として男の奏佑が好きなの! LGBTの勉強始めるのはいいけど、するんだったらもうちょっとちゃんと勉強してよね!」  居間の本棚にはLGBTやらセクシュアルマイノリティやら、そんなタイトルのついた本がずらりと並んでいる。これら全ては母さんが書店に出掛けて行って買い込んで来たらしい。母さんは母さんなりにあれ以来僕を理解しようと努力してくれているが、どこかがいつも抜けているのだ。  そんな僕と母さんを見て、奏佑は食卓を叩きながら大笑いしている。もう、笑いごとじゃないんだってば!  でも、僕は今が最高に幸せだ。婚約者と一緒に実家に泊まりに来ていて、僕の母さんと婚約者が仲良く談笑している。母さんが僕の恋人である奏佑を(かたく)なに拒絶していた高校生時代には考えられなかった光景だ。そう思うと何とも感慨深く思えて来る。  でも、母さんだけじゃない。親しい友人も皆、僕たちのこれからの結婚生活における幸せを祈ってくれているのだ。僕たちはいろんな人に支えられている。  僕は自信を持ってこう宣言したい。僕と奏佑は、世界中のどんなカップルたちにも負けないくらい、最高の愛を育んでいると。フランツ・リストに、そして彼の作曲した『愛の夢』に今、僕は最大の感謝を伝えよう。  奏佑と出会うきっかけをくれて、「愛」の素晴らしさを教えてくれて、本当にありがとう。僕はこれからの人生、ずっとこの愛を胸に奏佑と二人で支え合って生きていきます。これからも、その甘美な旋律で愛を奏で続けてください。この世界をその愛で満たす程に。
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