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episode2 第三十四話
嫌な沈黙が流れていた。
朝だというのに、この重い空気はないだろう。
まず、ソファには白いTシャツに軍用ズボンに軍用ブーツ姿のキツヒコと裸エプロン姿タマモが座っていた。
一方、部屋の左端のデスクの椅子にスーツ姿のイヒカが座り、二人をイライラしながら見つめている。
それもそのはず、鬱陶し気なキツヒコにタマモがまるで猫のようにベタベタと抱き着いていたのだから。
「「「……」」」
気まずかった。実に気まずい。知らない女がキツヒコ(自分)とディープキスしてるところを幼馴染に見られるとか、最悪の極み、まさに修羅場。ん? 修羅場? いや、待てよ。そもそもな話、何故、修羅場なのだろうか。キツヒコとイヒカはただの幼馴染で、そこに恋愛感情などないはずだ。なのに、何でこうも、気まずい雰囲気が漂うのだろうか。キツヒコはやや疑念を抱かざるを得なかった。
しかし、そもそもな話ーー
「ねぇ、その女、誰? あんたとどういう関係?」
イヒカが苛立ちを隠さないままキツヒコに聞いた。
それはこっちが聞きたい。だが、タマモは決まってこう答える。
「私はタマモ! キツヒコのお嫁さんです‼」
そう、尚更、彼女はべたついた。
「お嫁さん……?」
イヒカの眉が吊り上がる。
「どういうこと?」
イヒカの質問に、キツヒコは鬱陶し気に答えるしかなかった。
「どうもこうもねぇよ。ってか、こっちが聞きてぇよ……なんか、突然、お嫁さんだーって……」
「お嫁さんはお嫁さんです! タマモはキツヒコのお嫁さんです‼」
それに対し、イヒカは「お嫁さんねぇ……」と、白い目で見ながら呟くほかなかった。
「キツヒコ、それ、本当なの?」
「はぁ⁉ そんな訳ないだろ‼ 何度も言わせんなよ、知らねぇんだって‼」
「知らない、ですって……? あんた、そんな爆乳ロリータ捕まえておきながら知らないなんて、よくもまぁそんな白々しい嘘がつけたもんね!」
「はぁ⁉ 嘘じゃねぇよ! ホントだよ‼ 武器庫に閉じ込められていたから助けた、それだけなんだって‼」
「助けただけ⁉ ふ~ん、助けただけなのに、いきなりお嫁さん発言する軽い女がどこの世界にいるってのよ‼ どうせ、いかがわしいことして、だまして連れてきたんでしょ⁉」
「ンなわけあるか‼ 勝手にこの女が嫁を自称しているだけなんだって‼ ってか、いかがわしいってなんだよ‼ 幾ら俺が女に飢えてるからってそんなことするか! ってか、そんなスキルねぇよ‼」
「あ~、言い訳が白々しい。こんなあどけない女の子にお酒呑ませて連れてくるなんてサイッテー」
「だから、何、決めつけてんだよ! 俺は詐欺とか酒とかやらせてねぇ‼」
「ねぇ‼」
「「あん?」」
会話に割り込んできたタマモに、キツヒコとイヒカは思わずドスを利かせて振りいた。普通なら威圧に圧されるものだが、当のタマモは何のその。そのまま心配そうな表情を崩さず、声をかけた。
「もう、喧嘩はやめましょうよ。ご飯冷めちゃいますよ?」
それに、二人はぶちギレた。
「誰のせいよ! 誰の‼」
「ってか、マジで、なんなんだ、お前は⁉」
「え、え、私? 私はキツヒコのお嫁さんで……」
「だから、そのお嫁さんって何なんだよ⁉」
「そうよ! 一体、いつからキツヒコと婚約とか結婚とかした訳⁉ 何者よ、アンタ‼」
「え、え、えーっと……」
二人の詰め寄りにタマモは引き気味になる。だが、それに負けないように、タマモは半ば叫ぶように言い放つ。
「私はキツヒコのお嫁さんです! キツヒコのお嫁さんで、どうしてお嫁さんなのかっていうとーーあれ?」
ここでタマモの言葉が詰まった。
「あれ、えーっと……
思い出せない」
「「は?」」
「……思い出せません」
タマモの自問に今度は二人が言葉に詰まる番だった。
「……思い出せないってアンタ……」
「ふざけてんの?」
絞り出すようなキツヒコとイヒカの言葉にタマモは首を横に振る。
「ふざけてなんていません。ホントに思い出せないんです」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
「なに? あんた、思い出せないのにキツヒコの嫁を自称してたわけ?」
「はい」
「「……」」
一気に困惑な表情になる二人。
「これってどういうこと……?」
「俺が聞きてぇよ……」
しばしの沈黙が流れた。
やがて。
「それより、ごはん、食べませんか? 早く食べないと、冷めちゃいますよ?」
そう、タマモが沈黙を破った。
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