9話 ポーション作りの実演

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「ふうむ。まさかイザベラの畑があれほどのものだったとはな……」  畑から屋敷への帰り道で、エドワード殿下が感慨深げに呟いた。 「恐れ入ります」 「あの作物には驚かされた。それに、ポーションの質も素晴らしい。イザベラは本当に何者なのだ?」 「侯爵家に生まれたただの娘です」 「ただの娘か。ふっ、面白いことを言う」  私の答えを聞いて、エドワード殿下が笑みを浮かべる。  何か言いたげだなあ。  おそらく、普通の貴族令嬢は畑仕事やポーションの調合なんてしないと言いたいのだと思う。  でも、私は普通じゃないからいいのだ。  私達がそんな会話をしながら歩いている時だった。  ガサガサッ!  草むらの方から音が聞こえてきた。 「ん?」  エドワード殿下がそちらを見る。  すると、そこから魔獣が現れた。 「ガルルル……!」 「殿下! お下がりに!! お前達、殿下をお守りしろ!!」  護衛の騎士達が前に飛び出して、剣を構える。  エドワード殿下や私達アディントン侯爵家の面々に万一のことがないよう、護衛達は必死の形相で身構えている。  次の瞬間、魔獣は騎士達に襲いかかってきた。 「グオオオッ!!」 「うわあっ!」 「なんだ、こいつは……ぐえぇ……」  魔獣は護衛達の体を軽々と吹き飛ばす。  結構な実力者が揃っていたはずなんだけど……。  かなり強い魔獣みたいだ。 「殿下、危ないのでお逃げください。ここは我々でなんとかしますゆえ……」 「何を言っている。私は王家の人間だぞ? 臣下を見捨てて逃げるわけがあるまい。むしろ、私が奴を倒す」 「なりません。危険すぎます」  エドワード殿下とお父様がそんなやり取りをしている間にも、魔獣はどんどん近づいてくる。  このままでは、いずれ私達まで襲われてしまうかもしれない。  それはまずいな。 「殿下、お待ち下さい」 「イザベラか。女のお前は下がっていろ」 「いえ、そういう訳には参りません。あの魔獣は相当に強いようですから」 「なおさらだろう。女に守られるほど、この俺は弱くないぞ!」  エドワード殿下は強気だ。  まあ、実際のところ彼はかなり強いはず。  本人の努力もあるが、何より王族だけに適用される特別なスキルを持っているからだ。  ああ、そういえば『ドララ』でもこんな展開があったような……。  魔獣の襲撃を受けたイザベラ達を、エドワード殿下が颯爽と助けるんだよね。  もちろん、イザベラはエドワード殿下に惚れる。  そして二人は恋仲になるのだ。  ……いや、ダメだよ?  私は、今回の時間軸ではバッドエンドを回避する。  エドワード殿下と恋に落ちたりなんかしたら、予知夢で見た断罪イベントが発生しちゃうもん。  私はそんなの絶対に嫌だ。  だから、ここは私が頑張らないといけない。  私は、エドワード殿下に言った。 「殿下、ここは私にお任せを」 「イザベラに? バカなことを言うな。女を前に出させ、自分が後ろに隠れるような真似ができるか」 「……分かりました。では、私が前に出なければいいのですね?」  私は彼の返答を待たず、一歩前に出る。  そして、魔法を唱える。 「大地よ、我が呼びかけに応えよ。その力をここに示し、敵を穿つ槍となれ。【ストーン・ジャベリン】!」  ドシュッ! 「ギャイン!?」  私の放った魔法が魔獣に命中した。  魔獣は悲鳴を上げて地面を転がる。  だが、まだ死んではいないようだ。  魔獣はすぐに起き上がると、私に向かって唸り声を上げる。 「グウゥー!!」 「ふうん、まだまだ元気そうだね。それじゃあ、もう一発いっとくかな?」  私は手をかざし、再び詠唱する。 「水よ、我に仇なす者を貫く弾とならん。【ウォーター・ショット】!」  バシッ!  今度は水の魔法を放った。  先程の魔法よりも威力は劣るものの、それでも魔獣を仕留めるのには十分なものだった。  魔獣は地面に倒れ伏す。  しばらく痙攣した後、動かなくなった。  どうやら死んだらしい。 「ふぅ……これでよしっと。さすがに強かったけど、何とか勝てましたよ」 「イザベラ、お前……」 「殿下、大丈夫ですか? 怪我などされてはいませんか?」 「あ、ああ。お前のおかげで助かった。だが、今のは一体なんなのだ? どうして、あんな魔法が使える?」 「あれはただの土魔法と水魔法ですよ。攻撃魔法としては、大したことありません」 「そ、そうなのか? しかし、俺が知る限り、普通の魔法士ではあれほどの魔法は使えないはずだぞ?」  あれ?  そうだっけ?  『ドララ』では、もっと強い魔法があったような……。  いや、あれは主人公アリシア視点のゲームだからか。  一般的な魔法使いの感覚では、今の私ぐらいの魔法でも十分過ぎる威力なのだ。  うっかりしていた。 「畑仕事の副産物ですね。土魔法と水魔法だけは得意なのです」  とりあえずこう誤魔化しておこう。  実際には他の属性も使えるけどね。  あんまり目立ってしまったら、エドワード殿下に目を付けられる。  バッドエンドを回避するために、できるだけ彼には関わりたくない。 「……ふむ。よし、決めたぞ!」  エドワード殿下が何かを決意したように言う。 「何をでしょうか?」 「お前を俺の婚約者にしてやろう! 感謝しろよ、イザベラ!」 「えぇ!?」  何を言い出すんだ、この王子様は。  私は思わず叫びそうになるのを必死に抑える。  落ち着け私。  冷静になるのよ。  ここで取り乱してはダメだ。  まずは状況を整理しよう。  私はエドワード殿下に尋ねる。 「それはつまり、私と婚約したいということですか?」 「そういうことだ。喜べ、俺の妻になれば贅沢な暮らしができるぞ」 「申し訳ございません。お断りします」  私はそう断言する。 「なにぃ?」 「そもそも、なぜ急にそのような話になったのでしょう?」 「それはお前が『面白い女』だからだ」 「はい?」 「俺はお前のような変わった奴を見たことがない。お前なら退屈しないで済みそうだ」  なんということだ。  『面白い女』ポジションは、『ドララ』における主人公アリシアのポジションなのに。  そこからエドワード殿下とアリシアは愛を育んでいき、それに嫉妬したイザベラがアリシアに嫌がらせを行っていくのだ。  そのポジションが私に置き換わった……? 「私を玩具にしようとなさっているのですね」 「別に取って食おうというわけではない。ただ一緒にいるだけでいいのだ。俺と一緒にいれば、それだけで箔が付くだろう?」 「私は箔になんて興味ありません。この話は……」  エドワード殿下からの申し出を改めて断ろうとした私だったが、お父様がそれを遮った。 「待ちなさい、イザベラ。エドワード殿下のお気持ちを無下にすることは許さん」 「ですが……」 「エドワード殿下、娘は確かに非凡な才を持っております。社交術やマナーも、これから覚えていけば良いことでしょう。しかし、まだまだ子供。婚約相手として相応しいかどうか、じっくりと時間をかけて判断するべきではありませんか?」 「ほう、貴殿は俺の考えを否定すると?」 「否定するつもりはありません。ですが、もう少し時間をいただけないでしょうか。今すぐ返事をすることはご勘弁を。それに、陛下への相談も必要でしょう?」 「……わかった。今日のところは引き下がらせてもらうことにしよう。俺が王都に帰還して父上に相談した後、正式に答えを聞かせてもらうぞ」  エドワード殿下がそう言う。  とりあえずこの場は乗り切った。  その後は一度アディントン侯爵家の屋敷に戻って支度を整え、彼は馬車に乗って王都へと戻って行ったのだった。
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