2話 目が覚めたら七歳だった件

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2話 目が覚めたら七歳だった件

「……はっ! ここは……」  目が覚めると、そこは見慣れた自室のベッドの上だった。  どうやら夢を見ていたらしい。 「ははは……」  私は思わず笑ってしまう。  なんとも奇妙な悪夢を見たものだ。  あのエドワード殿下があんなことを言うわけがない。  彼は私以外を愛することはないのだ。 「はぁ……。支度をして学園に向かわなくては……」  私は重い気分を引きずるようにしながら、のそりと起き上がる。  そして、いつものように制服に着替えようとして気が付いた。 「あれ? 制服がないわね」  昨日は確かにクローゼットにしまっていたはずなのだけれど……。  コンコン。  ドアをノックする音が聞こえる。 「お嬢様、おはようございます。お召し物をお持ちしました」  メイドの声だ。 「入っていいですよ」  ガチャリ。 「失礼します」  そう言って入ってきた彼女の手には、服があった。  ただし、そのサイズはずいぶんと小さい。  まるで子ども用ではないか。 「お嬢様、お着替えの手伝いをさせていただきます」 「え? いえ、自分でやりますよ」 「そういう訳にはまいりません。お嬢様はまだ小さいのですから」 「小さい? 私が?」  私はもう十七歳になっている。  子ども扱いされるような年ではない。  パーティ用のドレスへの着替えならばともかく、普段着なら一人で着替えることができる。 「ええ。まだ七歳になられたばかりではありませんか」 「七歳!? そんなバカな……。だって、私は十七歳で……。うっ!? 頭が……」  私は頭を抱えながらフラつく。  おかしい。  エドワード殿下に貫かれた痛みと悲しみは、今でも鮮明に覚えている。  そう、あれはバッドエンドの一つで……。  バッドエンド?  私は一体何を言っているんだ?  記憶が混濁している。  今の私は七歳?  でも十七歳で婚約破棄された記憶もあるし、それにこの世界をゲームとして遊んだような記憶もある。  私は、私は……。 「大丈夫ですか、お嬢様!」 「ええ、少し目眩がしただけよ。それより、着替えを手伝ってちょうだい。その後の予定は何だったかしら?」 「朝食を召し上がられた後に、ダンスのお稽古があります。午後は歴史のお勉強です」 「そう、ありがとう」  とりあえず今は考えていても仕方ない。  まずは目の前のことを片付けていこう。  こうして私は、小さな子どもの姿となって、新たな人生を歩むことになったのだった。  私が七歳児に戻って早くも一か月ほどが経過した。  アディントン侯爵家の長女として、何不自由ない生活を送っている。  この一か月間は、自分なりに情報収集と現状把握に努めた。 「今の私の年齢が七歳なのは間違いないわね……」  父上達も同様に十歳若返っている。  そして、私にはこの世界とは異なる世界で生きた記憶がある。  そこでは私は二十八歳のOLであり、乙女ゲームのプレイヤーでもあった。  特にハマっていたのは『恋の学園ファンタジー ~ドキドキ・ラブリー・ラブ~』というタイトルの、いわゆる逆ハーレム系RPGだ。  通称は『ドララ』である。  攻略対象は四人。  一人目は、第一王子であるエドワード・ラ・イース殿下だ。  金髪碧眼の正統派イケメンで、文武両道で誰からも慕われる人気者である。  二人目は、アディントン侯爵家の息子であるフレッド。  私の義弟でもある。  背は低いが、美しい青髪が似合う美少年だ。  三人目はカイン・レッドバース。  騎士の家系であり、赤髪が似合う荒々しいタイプのイケメンだ。  四人目はオスカー・シルフォード。  伯爵家の跡取り息子であり、眼鏡をかけた理知的な銀髪のイケメンである。  そんなよりどりみどりなイケメン達の中心にいるのは、ヒロインであるアリシアだ。 「……そう、この私イザベラではないのよね……」  アリシアは平民出身なのだが、魔力量が多く、学園長に見込まれて特待生となる。  そこで出会ったエドワードに『変な女』と認識され、彼の友人であるフレッド、カイン、オスカーとも知り合いになる。  メインルートではアリシアとエドワードが愛を育む。  それを知った婚約者イザベラは、陰で二人の仲を引き裂くために色々と画策する。  その悪事がバレてしまい、イザベラは婚約破棄されてしまうというストーリー展開だった。  地球の私は、プレイヤーとして純粋にこのゲームを楽しんでいた。  しかし、まさか自分が当事者になるとは思わなかった。  それも、悪役令嬢として断罪される側の人間であるイザベラになるとは。 「でも、大人しく死んであげる気はないわよ……」  予知夢の中での私は、エドワード殿下に執心していた。  九歳で婚約者になってからの八年間、愛を育んできたのだ。  それも当然だろう。  だが、今の私にそこまでの気持ちはない。  七歳としての人格、それに地球での記憶が混じり合うことにより、エドワード殿下への執着心が薄れたように思う。  もちろんイケメンとして好ましい男だとは思っているが、それよりも自分の命が大切だ。 「予知夢通りなら、殿下と私が婚約者になるのは九歳……。未来を変える時間は十分にあるわね」  未来の私は、エドワード殿下、フレッド、カイン、オスカー達に攻撃されて死んだ。  その他の生徒や保護者達も止める気配はなかった。  あれほど恨まれるようなことをした覚えはない。  だが、かろうじて思い当たることは二つある。  一つは、エドワード殿下という人気者の婚約者になっていたこと。  もう一つは、『残念美人』として一定の人気を博していたアリシアを私が苛めているとの噂が流れたことだ。  おそらくこれらが重なって、恨みを買ったと思われる。  そう言えば、その当の本人であるアリシアだけはなぜか狼狽した様子で私を責めるような気配ではなかったか。  まあ、皆を止めることもしていないので、別に今の私の味方というわけでもない。 「これから頑張るわよっ! 目指せ、バッドエンド回避!!」  王子と婚約を結ばない。  アリシアと関わらない。  この二つは必須事項だ。  フレッド、カイン、オスカーともできるだけ関わらない方がいいだろう。  まあ、義弟のフレッドはともかく、カインとオスカーにはこちらから会いに行かない限りはそうそう会うこともないだろうけど。 「でも、それだけだと父上に迷惑が掛かるかもね……」  侯爵家に限ったことではないが、貴族家に生まれた娘には義務がある。  それは、政略結婚の道具になることだ。  王子との婚約を回避するには、社交の場に一切出なければいいのだが、それだと他の男達との出会いもなくなる。  それはそれで結構……と言いたいところだが、貴族家の娘としてそれは許されないだろう。 「そうだわ! 魔法を練習すればいいんじゃない?」  魔法が上達すれば、単なる政略結婚の道具として以外の価値が生まれる。 「そうと決まればさっそく行動よ!」  私は、部屋を飛び出して階段を駆け下りる。  そして、そのままの勢いで玄関扉を押し開けたのだった。
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