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俺は向かいのオルに体を近づけて、こっそり尋ねてみた。
「なあ、魔牛って? ここ、魔法ないんだろ?」
前に、この世界には魔力も魔法もないって聞いてたのに。
魔牛ってどういうことだ?
「魔法はない。魔力があるのは魔物。魔物が使うのが魔法」
え? 人にはないって意味?
魔力も魔物もあるんじゃん!
聞けば、足が6本ある獣は大概が魔物だそうだ。
俺達が食べてたあの6つ足の猪もどきも魔物だったんだ。普通に美味しいジビエかと思ってた。
「じ、じゃあ、魔王とかいたりする?」
「今はいない。勇者に討伐されたと聞いた」
「は!? 勇者!?」
待って! 説明が雑だよ、オル!
魔王も勇者もいるの?!
「まさか、異世界から召喚されたとか?」
「そう聞いた」
遠く離れた王都で勇者の召喚に成功し、その勇者が仲間と魔王討伐の旅に出たのがふた月前。
そして、魔王を倒して、無事、王都に帰還したらしい。
旅の間で愛を育んだのか、勇者は騎士と結婚することが決まったのだそうだ。
これ、もう、アレだろ。時期的に言って。
俺、完全に「巻き込まれ召喚」じゃん。
それなのに大筋に関わるどころか、勇者達に存在も知られてないおそれがあるってどういうこと?
まず、俺自身、なにも知らなかったし。
こんなしょぼい巻き込まれ方ってある?
隣りにいたカラウ伯父さんが、「待て待て」と口を挟んできた。
内緒話のつもりが、興奮しすぎて普通に喋っていたようだ。
まずい、俺が異世界から来たってバレたら……。
「嫁さんは、ただの『渡り人』の可能性もあるからなあ」
「は?」
「でも、この村の『渡り人』はもう亡くなってて話も聞けないしねぇ」
「え?」
ちょ、ちょっと待って。
情報多すぎて、処理が追いつかない。
渡り人ってなに?
異世界から来たって驚かれないの?
なんで、ここの人達ぐいぐい話進めるんだ。
マイペースなの、天然なの?
どうやら、この世界は、俺みたいに異世界から来る人が珍しくない世界だった。
そして、異世界から来る俺達のことを、『渡り人』と呼んでいるらしい。
異世界の豊富な知識で富をもたらすと、渡り人は、長年、国が保護してきた。
ただ、ここ十数年やたらと渡り人が来るもんで、有り難みも薄れているそうだ。
俺にとったら今でも信じられない、とんでもない状況なのに。
異世界転移が当たり前なんだな。
隠す必要も心配もいらなかった。
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