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母親達が車を発進させ、そのエンジン音は遠のいていく。
それをぼんやりと聞きながら、俺の心は不安でいっぱいだった。
「はあ、やっと行った。兄貴、何する何する?」
「クク、そうだなぁ。ひとまずハチ公で暇潰そうぜ」
兄弟は先程見せていた雰囲気とは違うニヒルな笑みを浮かべて俺を見るので、思わず息を飲む。
そうすれば隣でずっと黙っていた仁が静かに口を開いた。
「外面ばかり良いお二人、すみませんがハチは俺と遊ぶので手一杯です。お母様の言っていた通り、兄として弥生くんの面倒を見るのに専念してはいかがでしょうか」
「...は?」
「お前、ほんと昔から気持ち悪いよな。ハチ公の飼い主かよ」
仁が俺のところにやってきてからも、この兄弟とは何度か顔を合わせている。
仁もその2人がどういった人物なのかを知っているため、柔和な言葉選びをしつつもそこに親しみは一切ない。
しかし仁の言葉にどこか安堵しながらも、俺ははっとする。
...これでは今までとなんら変わりはない。
自分はいつもその場の状況に身を任せて、仁からの助けをただ待つだけ。
その度に仁は俺を助けなくてはならない状況に陥り、表立って動くのはいつだって仁だけだ。
俺はそんな自分を変えたいと、この前決意したばかりじゃないか。
「...仁、ありがとう。でも大丈夫だから。俺からちゃんと言う」
「ハチ...」
「は?なんだよハチ公。俺らになんか言いたいことでもあんの?」
「....っ...、えっと、うん。...俺、正直2人のことものすごく苦手で、それがなんでかって言うと...いつも俺に対して酷いことばっかりしてくるからで...。だから今日は、2人とは遊ばない。遊んでもらう必要も、ない...って、思ってるし...その...」
振り絞った言葉は実に辿々しく、声も震えてしまっていて情けない以外の何者でもない。
しかし自分から行動することが大事なんだ。
仁が俺のそばにいるのは、俺を守るためなんかじゃない。
ただただ俺の隣で笑っていて欲しいからだ。
それはこの先にそんな関係性を望む俺の、小さな第一歩だ。
そんなことを考えつつ伝えたいことを言い切った後に視線を上げてみれば、俺は思わず言葉に詰まった。
彼らは、その嫌な笑みをより一層深めて俺のことを見つめていたからだ。
「...っ...」
「ハチ公生意気〜!そんなんだから学校で虐められるし不登校になるんでしょ?いいよ、遠慮しなくて。俺ら優しいし、お前みたいなやつでも遊んであげっから!」
「...あ、いや...」
「ほらこっち来いよ!お前たしか閉所恐怖症だったよな?前みたいに小屋で1人隠れんぼさせてやる」
俺のちっぽけな勇気は、こんな場面ではなんの役にも立たない。
彼らにとって俺は、どこまで行っても「弱い負け犬」なんだ。
俺はそんな事実が悔しくて、静かに唇を噛んだ。
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