13人が本棚に入れています
本棚に追加
「南さん。趣味が合う男ってどう?」
「え? ……そりゃ、合わないよりは合う方がいいです、よね?」
「わかりました。……おーい! 磯貝さん、いるだろう? ちょっと来てくれない?」
え、何? と動揺する彼女を無視し、サンダルの音がする方向に呼びかける。
ペタペタ音がゆっくりこちらに近づいてきた。
「おう、どうした本村さん。また何かお困りかい? お兄さんに相談してみなさい」
「磯貝さん。今隣にいる彼女、テニス探偵シリーズが大好きなんだ。
南さん。彼は常連の磯貝さんで、君と同じテニス探偵ファンだ。
そしてここにちょうど、劇場版テニス探偵のチケットがある。もし二人が良ければ貰ってくれないかい? 同じ時間の隣の席だから、無理にとは言わないけれど」
「は?」と声を上げる磯貝さん。そんな彼をちょいちょいと手招きで呼び、耳打ちする。
「彼女南さんっていうんだけど、訳あってとても傷付いているんだ。大事な常連さんだからなんとかしてあげたいんだけど、僕にはどうにもできなくてね。
だから磯貝さんに相談に乗ってあげてほしくて」
「そういうことかい。まぁ俺に何ができるかわからないけど、他でもない本村さんの頼みなら断れないな。それに、女の子に泣き顔は似合わねぇ。
よし、やれるだけやってみるよ」
「ありがとう、磯貝さん」
続いて南さんを呼び寄せる。彼女が身を寄せた瞬間甘い香りが鼻腔をくすぐり、何とも言えない切なさを覚える。
「磯貝さんは頼りになる良い男だよ。紹介なんてお節介かもしれないけど、騙されたと思って行ってみないかい?
大丈夫。恋愛相談してみるぐらいの軽い気持ちでいいから、ね?」
「んー」
「辛い思いしたばかりだし、無理はしないでいいよ。でも、彼は欲望のままに君を傷付けたりしないことだけは、僕が保証する。もし嘘だったらこの店の本、好きなだけ持っていってくれて構わない」
「本村さんがそこまで言うなら、信じてみようかな。……それに、よく見たら少しタイプだし」
南さんが悪戯っぽく笑う。
もし彼女が少しでも嫌がった場合話は無しにするつもりだったが、少なくとも嫌だとは思っていないようだ。
二人が同時にチケットを受け取る。「じゃあまた、雨の日に」と南さんが言い、「当日の打ち合わせしないとな」と磯貝さんが続く。
ピタリと歩調を合わせ歩く、サンダルとヒール。
「好きでした、南さん」
呟いた言葉は雨音に掻き消され、彼女に届くことはない。
最初のコメントを投稿しよう!