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ヒタ、ヒタという足音が聞こえた。客は全員帰ったと思っていた圭は驚き、慌てて居住まいを正す。
足音は圭の目の前で止まった。
「す、すみません。誰もいないと思って、お見苦しいところを……何か御用でしょうか?」
言った後で気付く。この足音は、一度も本を買ってくれたことのない、声も知らない常連さんだ。
一体何の用だろう?
「アンタ、損な性格だね。そんなんじゃ幸せになれないよ」
衝撃的な声だった。
キツい物言いとは対照的な、柔らかすぎる声色。それだけで、今まで出会った誰よりも優しく、繊細な人物であると確信した。
いや、そんなことより。
「女性、だったんですね」
「あら失礼ね。そんなに重そうな足音だった?」
「い、いえ!いつも男性誌コーナーにいらしたので、つい……」
「ふん、まぁいいけど」
不機嫌そうな口ぶりなのに妙に弾んだ声。不思議なギャップに、圭はどう話すべきか戸惑う。
「男性誌がお好きなんですか?」
「いや、雑誌には興味無いよ」
「え、じゃあどうしていつもあのコーナーに?」
「ああ、それはあそこが一番レジに近いから」
意味がわからず、圭は首を捻る。
「いつも見てた。アンタとあの女の子が話すとこ。アンタ、あの子に惚れてるでしょ?」
見られていたのかと、羞恥で顔が熱くなる。
「好きなくせに真面目に恋愛相談なんか乗っちゃって。やっとチャンスが来たと思ったら、今度はキューピッドの真似事。ほんと、見ててイライラしたわ」
「……本当に全部見てらしたんですね」
「そりゃ、私も雨の日のたびここに来てるんだもの。アンタはあの子に夢中で気付いてなかっただろうけど」
驚きのあまり言葉が出なかった。
確かに彼女の言う通り、南さんにばかり気を取られ彼女の来店パターンには気が付かなかった。
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