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「えっと、どうして本を買わないのに本屋に? いや、別に全然構わないんですけど」
「さぁ。なんでだと思う?」
彼女の声からわずかに色気に似たものが漂った。
それはまるで雌を誘う雄鳥のさえずりのように圭の耳に甘くこびりつく。
もしかして。いや、でも。
あまりに都合の良い考えが浮かび、慌てて打ち消す。
「とにかく、アンタみたいな臆病者には同じ臆病者がお似合いね。好きな人を近くで見るだけで満足してるような、そんな臆病者が」
「誰のことですか?」
「さぁ。自分の胸に聞いてみれば?」
スニーカーが出口に向けて歩き出す。
圭はふと、先程の彼女の言葉を思い出した。
「ああ、それはあそこが一番レジに近いから」
刹那、圭は目の前の臆病者が発した精一杯のサインに気付く。
「あのっ!」生まれて初めて勇気を出し、彼女を呼び止めた。
「お名前、聞かせてください!」
「……藤原皐月」
「サツキさん! 次はいつ会えますか?」
「……次の雨の日、また来るから」
スニーカーが小走りで、逃げるように去っていく。
圭にはサツキさんの顔も表情も見えない。だけど彼女の声から、足音から、確かにサインを受け取った。
トクン、と胸が鳴る。
まだしばらくは雨音に心躍らせる日々が続きそうだと、圭は口元を緩め、店仕舞いにとりかかった。
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