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パソコン少年の日常
退院の日。
荷物はすでにまとめてあった。
頻繁にベッドを出て、歩き回っていたので、しっかり足に力が入った。
見送りもなく、入院費を払う母を置いて、淡々と出て行った。
「たいした病気でもないしな」
まぶしい日差しは、ガラスを通さないとさらに暑い。
アジサイが咲く、初夏の陽気である。
病院は、裏通りにあったので、静かなものだ。
母がでてきた。
「タクシーがくるから」
家までは6キロほどある。
幹夫は、元気なら鼻歌交じりに、1時間で歩いてしまう距離だ。
家に着くと、パソコンが気になった。
いつものように、テレビ台に収まっていた。
病院から持ち帰った本を脇に置くと、電源スイッチを押した。
いくらするのかわからない、最新のグラフィックパソコンは、ファンの音をたてる。
小さなブラウン管テレビの、スイッチを引っ張る。
とりあえず、1時間だけ、いじることにした。
初期画面は、緑一色で、英語と不思議な記号が並んでいる。
N68-BASICという、プログラム言語の入力待ちになったサインである。
コンピュータは、暴君である。
少しでも機嫌を損ねると、途端に手が付けられなくなるからだ。
こうして、入力待ち画面が出ないことさえある。
テレビも、叩いて直すことが度々ある。
だから、ついボヤいてしまう。
「ふう。
今日はいい子ちゃんだな。
たのむぜ。
このやろう」
たまりにたまった、うっぷんを晴らすべく、ゲームのパッケージを取り出した。
しばらく物色すると、一つの箱を取り出す。
「よし。
これしかないぜ」
「宇宙海賊船マーベリック」と書かれている。
宇宙船に穴をあけて、丸い生物が飛び出したイラストが、異様である。
中のカセットテープを取り出した。
「よいしょっと」
大きなカセットデッキに入れ、再生ボタンを押すと保留される。
パソコンで、読み込みコマンドを入力すると、甲高い信号音が鳴った。
「ひゃあ。
なんでこんな、不快な音にするんだろうなぁ」
続いて、嵐のような雑音が耳をつんざく。
1分ほどで、読み込み作業終了。
一応リストを確かめた。
「ふむ。
大丈夫そうだな」
早速実行。
すべて英語のコマンドである。
小学校では、英語をまったく習わない時代だ。
「日本人だろ。
日本語話すよ。
一生な」
つぶやくが、パソコンは英語しか知らない。
いつの間にか、かなりの英単語を覚えた。
「よーし。
きたきたぁ。
ひひひ」
「宇宙海賊船マーベリック」のタイトル画面が表示される。
キーボードの定位置に手を置くと、スタートさせた。
1時間はあっという間だった。
当時のゲームは、単純作業を反復するものが多い。
タイミングが合うと、高いスコアになる仕組みだ。
要領がいい幹夫は、大抵のゲームを、すぐに分析して丸裸にした。
「ああ。
すっきりしたなぁ。
夕方、プログラムをいじってみるか」
入院生活で、落ちた体力を戻すために、散歩に出て行った。
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