雨をすぎれば

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 朝が来て、明るみを帯びた部屋でまどろみながら、青木の腕の重みを確認した。眠りから目覚めても、現実は醒めていなかった。 「朝だよ」 「……うん」  青木はまだ、半分以上眠っている。 「仕事休みてえー……」 「行きなさいよ青木先生。ガキじゃねえんだから」  ベッドから出ようとすると、体ごと引き寄せられる。青木の髪が背中から肩にかけて触れ、においが伝ってくる。miuのシャンプーの香りで、きのうの出来事がおれの一部になったことを知らしめてくる。  こんな瞬間、起きると思っていなかった。 「青木は、いつからおれを好きだった?」 「なんだよ急に、知らねえよ」 「ケチ! 教えろ!」 「わかんねえ。最近? ずっと前?」  やっぱわかんねえや。青木は照れくさそうに口ごもった。  振り向くと、もう寝ぼけ顔じゃない。髪を撫でると、青木の髪の柔らかい感触だった。ここにいるんだなあ、と思う。 「昔さ、半年くらい先輩から連絡なかったことあったろ? ほんとは俺、めっちゃ焦ってた。もう会えんかったらどーしよって。だから、たすけてって言われたとき無我夢中で走ってさ」  雨が降ったあの日のことだ。おれの、大切な思い出の日。 「あの日からずっと、俺を無関係にされるのがいやだった。離れたくねえーって思ってた。そういうのってぜんぶ、先輩が好きってことかって腑に落ちたのは最近」  なにかを返そうにも答えられず、青木の頭を抱えこんだ。胸元で笑われたのがくすぐったくて、そのむずがゆい感覚でさえ幸福のかたちだと知った。 「先輩を好きとかなんだとか、もうとっくに過ぎたあとってこと」  日だまりのおかげで、はみ出た肩も頭も暖かさで満ちた。一日のはじまりが、この日もちゃんとおとずれる。それはもう、きのうまでのようにくすぶった朝じゃない。おれも青木も、だらだら文句を言いながらも、きっと仕事には行くだろう。  日常を生きて、日々を重ねて、そうしてまた、一緒に歩いていく。  雨に洗われた空から、晴れ間が見えた。  了
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