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俺の姉貴はライオンだ。
比喩とかじゃなく、正真正銘のライオン。
死んだ俺達の両親も、周りのヤツらもれっきとした人間。
双子なのに、何故か姉貴だけライオン。
そして――――
「ぐはぁッ!」
「立てっ! もう一度だ!!」
「ゔっ……」
「どうした。もうヘバッたのか? この前より退化したんじゃないか」
「ぐっ、そがぁぁぁぁぁぁッ!」
なんとか踏ん張って拳を振り上げるも、あっけなくかわされた挙げ句。容赦ない蹴りが腹にめり込む。
またふっ飛ばされ背中が壁にぶち当たるが、何度もやられてるせいで痛みがほとんど感じなくなってきた。
「前にも言ったはずだ。踏み込みが甘い上に、動きが単調すぎると」
ンなことは解ってる。
耳にタコが出来るくらいに指摘されてきたことだ。
両親が死んでから、ずっとこんな日々が続いている。
何でだかは知らない。理由を尋ねても、返されるのは拳と蹴り。更に言うなら罵声罵倒。
『獅子の子落とし』ということわざがあるが……コイツの場合、ただの暴力だろ。
両親が死んで、行き場のない鬱憤とかを俺で晴らしているに違いない。
ギッと睨み返すが、コイツには通用しない。
「いつまでそうしている。お前が嘆いて立ち止まっていても、誰も待っていてはくれないぞ」
お前に、
お前に、何が分かるんだよ。
理由もなく、ただ暴力を振るうだけのお前に。
昔は、こんなことするヤツなんかじゃなかっただろ。
いつも手を握って、一緒に走り回っていたじゃないか。
両親が死んだ時だって、
『大丈夫だ。お前は、私が護るからな』
お前がそう言って手を握ってくれたから……
だけど今のお前は――
「テメェなんか……テメェなんか……!」
“死んでしまえ”
そう叫んだような気がした。
ありったけの力を振り絞り、向かって、拳を振り上げた。
かわされる寸前、足で払い退け、バランスを崩させ、馬乗りになって――
「――よくやった」
拳は、姉貴の顔面スレスレで止まってしまった。
僅かな本能が、俺を制してしまった。
「何故殴らなかった――と言いたいところだが、初めて私の顔面手前まで拳が行ったからな。それに免じて今日はここまでにしておいてやる」
脱力した俺は、言われるままに姉貴から退いた。
何事もなかったかのようにサッサと俺の前を歩くその背中は――
少し、寂しそうに見えた。
――翌日。学校からバイトに向かった姉貴は、そのまま帰らぬライオンとなってしまった。
バイトから帰る最中。飲酒運転のトラックに巻き込まれたらしい。
聞いた時は、もちろん信じられなかった。
誰よりも強くて、容赦なく力を振るう姉貴が……
霊安室でも葬式でも死に顔を見たが、どこか現実味がなかった。
気が付けば、火葬場で独りポツンと立っていた。
あの鉄製の扉の向こうで、焼かれているのか。
両親が死んだ時も、こうだっただろうか。
あの時は、姉貴がずっと手を握っていてくれていたような気がする。
『大丈夫だ。お前は、私が護るからな』
握っていてくれた手は、もうない。
何で理由もなく力を振るい続けてきたのか。
それなら何であの時――「死んでしまえ」って言ってしまった時、一瞬ショック受けたような顔をしたのか。
尋ねても返してくれる声も、もうない。
むしろ尋ねたところで、あの横暴な姉貴が答えてくれるかどうか。
それでも……何も、こんな呆気なく死ぬことなんてないだろ。
俺が、「死んでしまえ」なんて言ったからか?
もうあんな暴力を振るわれずに済むと思えば、ホッとするはずなのに……こぼれたのは安堵の溜息じゃなく、たくさんの大粒の涙と罪悪感だけだった。
(“お前を強い男にする”と誓った)
(乗り越えたお前なら、きっと強く生きていける)
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