『獅子の子落とし』とはよく言うが

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 俺の姉貴はライオンだ。  比喩とかじゃなく、正真正銘のライオン。  死んだ俺達の両親も、周りのヤツらもれっきとした人間。  双子なのに、何故か姉貴だけライオン。  そして―――― 「ぐはぁッ!」 「立てっ! もう一度だ!!」 「ゔっ……」 「どうした。もうヘバッたのか? この前より退化したんじゃないか」 「ぐっ、そがぁぁぁぁぁぁッ!」  なんとか踏ん張って拳を振り上げるも、あっけなくかわされた挙げ句。容赦ない蹴りが腹にめり込む。  またふっ飛ばされ背中が壁にぶち当たるが、何度もやられてるせいで痛みがほとんど感じなくなってきた。 「前にも言ったはずだ。踏み込みが甘い上に、動きが単調すぎると」  ンなことは解ってる。  耳にタコが出来るくらいに指摘されてきたことだ。  両親が死んでから、ずっとこんな日々が続いている。  何でだかは知らない。理由を尋ねても、返されるのは拳と蹴り。更に言うなら罵声罵倒。 『獅子の子落とし』ということわざがあるが……コイツの場合、ただの暴力だろ。  両親が死んで、行き場のない鬱憤とかを俺で晴らしているに違いない。     ギッと睨み返すが、コイツには通用しない。 「いつまでそうしている。お前が嘆いて立ち止まっていても、誰も待っていてはくれないぞ」  お前に、  お前に、何が分かるんだよ。  理由もなく、ただ暴力を振るうだけのお前に。  昔は、こんなことするヤツなんかじゃなかっただろ。  いつも手を握って、一緒に走り回っていたじゃないか。  両親が死んだ時だって、 『大丈夫だ。お前は、私が護るからな』  お前がそう言って手を握ってくれたから……  だけど今のお前は―― 「テメェなんか……テメェなんか……!」  “死んでしまえ”  そう叫んだような気がした。  ありったけの力を振り絞り、向かって、拳を振り上げた。  かわされる寸前、足で払い退け、バランスを崩させ、馬乗りになって―― 「――よくやった」  拳は、姉貴の顔面スレスレで止まってしまった。  僅かな本能が、俺を制してしまった。 「何故殴らなかった――と言いたいところだが、初めて私の顔面手前まで拳が行ったからな。それに免じて今日はここまでにしておいてやる」  脱力した俺は、言われるままに姉貴から退いた。  何事もなかったかのようにサッサと俺の前を歩くその背中は――  少し、寂しそうに見えた。    ――翌日。学校からバイトに向かった姉貴は、そのまま帰らぬライオンとなってしまった。  バイトから帰る最中。飲酒運転のトラックに巻き込まれたらしい。  聞いた時は、もちろん信じられなかった。  誰よりも強くて、容赦なく力を振るう姉貴が……  霊安室でも葬式でも死に顔を見たが、どこか現実味がなかった。  気が付けば、火葬場で独りポツンと立っていた。  あの鉄製の扉の向こうで、焼かれているのか。  両親が死んだ時も、こうだっただろうか。  あの時は、姉貴がずっと手を握っていてくれていたような気がする。 『大丈夫だ。お前は、私が護るからな』  握っていてくれた手は、もうない。  何で理由もなく力を振るい続けてきたのか。  それなら何であの時――「死んでしまえ」って言ってしまった時、一瞬ショック受けたような顔をしたのか。  尋ねても返してくれる声も、もうない。  むしろ尋ねたところで、あの横暴な姉貴が答えてくれるかどうか。  それでも……何も、こんな呆気なく死ぬことなんてないだろ。  俺が、「死んでしまえ」なんて言ったからか?  もうあんな暴力を振るわれずに済むと思えば、ホッとするはずなのに……こぼれたのは安堵の溜息じゃなく、たくさんの大粒の涙と罪悪感だけだった。 (“お前を強い男にする”と誓った) (乗り越えたお前なら、きっと強く生きていける)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!