海と蛍

21/23
前へ
/57ページ
次へ
 薄暗い病室で、青く光る手をそっと掬う。心なしか、骨張った指が震えている。 「もう、なってるよ。宮凪くんと蛍は、もう立派な友達だよ」  最初は驚いていた宮凪くんが、ぐっと指を絡めて来た。強く握られた手の甲に、ぽたりと温かい雫が落ちてくる。 「昔、俺たちを救ってくれた大人がいるんだ。顔はもう分かんねぇけど、言われたことだけずっと覚えてて。あの時の子……蛍だったんだな」  噛み締めるように、ゆっくり頷くと、不意に引き寄せられてベッドの上に倒れ込む。  宮凪くんの胸に抱かれたまま動けない。トクトクと鼓動の音だけが聞こえて、生きている証が広がっていく。  これほど安心する音は、もう聞けない気がする。 「よくなったら、同じ高校行こう。そうだな……文芸部に入って、図書館生活も悪くねぇな。そしたら、もっと一緒にいられるだろ」  耳元で響く声に、胸の奥が狭くなる。お互いに離れようとしないで、そのまま続けた。 「……私、青南(せいなん)受けようと思ってて」 「それ、死ぬ気でやらねぇと無理なやつだな。まあ、今の俺に無意味な努力なんてねぇから、頑張るわ」  ハハッと軽く笑うところも、優しい声も匂いも全てが、好き。  どうかこの温もりが消えないでと、桜色に染まる頬をさらに埋めた。 「ナイトアクアリウム、行こうな。今度はちゃんと予約するし。あと、本物の蛍も見よう。約束たくさんあった方が、頑張れる気がする」  差し出される小指に、そっと体を離す。絡め合う指先は、熱を帯びた宝石のように美しくて温かい。  私は、嘘をついた。  立派な友達だと口にしたけど、ほんとうは違う。それ以上の感情を持ち合わせて、宮凪くんに恋をしている。  言わないのは、願掛けでもあった。一緒に高校へ通うことになったら、告白しようって。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加