10人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
お礼を言わなきゃ。この人のおかげで、小さな命が救われたのだから。
一度帰りかけた足を戻して、彼の前に立つ。通学鞄へ向けている視線がこっちを向いたら、声を出すの。
「その制服って、聖女だろ?」
顔が上がると同時に放たれた言葉。準備していた台詞は飲み込まれて、また声が出なくなる。
どうしよう。ただ学校を聞かれただけなのに、不安の波が押し寄せる。
いつだって、聖薇女学院という名だけで偏見を持たれてきた。近所の人からは、「蛍ちゃんは優秀で親孝行な子ね」と言われ、すれ違ったおじさんには、つま先から頭までじろりと見定められる。
優れていることなんてなくても、特別扱いされるのが嫌だった。
「よく行ってるよな、あんな息苦しそうなとこ。規則とか厳しそうだし、学校サボりたくなんない?」
表向きばかり見られて、誰にも理解してもらえないと思っていたのに。私じゃなくて、学校を否定されたのは初めて。
それが嬉しくて、胸の奥から感情があふれ出てくる。
「……楽しくない」
思わずこぼれた声に、自分自身が驚いている。知らない男の子を相手に、よく話せたなって。
ぐっと足のつま先に力を入れると、合っている切長の目がふっと緩んだ。
最初のコメントを投稿しよう!