運命の人

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(軽い女って思われたらどうしよう)  トキメキを火消しするように、私の理性が脳内を駆け巡った。  やすやすと相手に身を委ねるなど、私のプライドは安くない。無料ダウンロードできるほど安くない。  本能と自己防衛とがせめぎ合っている。  ここでお持ち帰りされるなど、言語道断だ。泣きを見るのは女の方なのだ。それが世の常だ。 「……あの」 「どうしました?」  駆け引きを出来てこそ大人の証だと、外野のヤジという幻聴がうるさい。  分かっている、会話を続けなければ。 「……手のひらから何か出ていますか?」  攻防は失敗した。  何を言っているんだ、私は。 「ひょっとして、僕の手汗、ひどいですか?」 「ち、違います、違います!」  慌てて弁解するほど、繋がっている男の手のひらの温もりへの感知は強まっていく。  穏やかな男の声音が、あまく震えている。  この手を離すことができない。 「……何ていうのか、その、手が……」 「僕の手ですか?」 「……はい。あの……すごく、しっくりくると言うか」 「心地好い、ですか?」  心地好い。その通りだ、快い。ずっとこのまま包まれていたい。離したくない。離れられない。まるで、手のひらから媚薬が出ているみたいな。 「不快でなかったなら、良かったです。すごく、無防備な顔してらっしゃる。まるで」 「まるで?」 「マタタビ嗅いだ猫みたいな表情してらっしゃるから」
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