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【証明】
部屋に戻ると、男は静かに手をかざした。先程まで女と繋がっていた左手の薬指には、買ったばかりのリングが輝いている。
女と出会って三時間のうち、二人は結婚式を挙げた。
「○○、あなたはこの女を生涯の妻とし……」
駆け込んだ教会で脅されるように式の立会人を任された牧師の言葉に、
「○○さんって仰るんですね、ふふ」
新婦となった女は嬉しそうに、男の名前を初めて呼んだ。
その後、牧師に呼ばれた女のフルネームを男は飴玉を舌で転がすように反芻した。今まで何度も唱えてきた女の名前に、甘く吐息が漏れる。
蛍光灯の明かりにさらしながら、男は手のひらを凝視する。健康的な肌つやを保つ皮膚には、うっすらと表面に直径1ミリ程度の気泡が浮かんでいた。手のひらを包む透明のカバー表面が、少し浮いている。
しっかり密着させたと思っていたのに。
「おや、お帰りなさい」
背後から声をかけられ、男は振り返ると、ああ、と声を漏らした。
驚きではなく安堵の溜め息が、男の身体から空気を抜いたように吐き出される。それを観察するように入室してきた白衣の人物が男を見返した。
「どうでしたか、首尾は?」
「……はい。成功、ですね」
「ご結婚おめでとうございます」
当然だ、と言わんばかりに白衣が返答する。傲慢さでも確信でもなく、ただそれは「事実だから」と表情から読み取れる。
地球が丸いのは当然。
生命がいつか死ぬは当然。
それと同じように、あの女がこの男を好きになるのは当然。
例えそれが、「男女を出会わせて数秒後」でも当然で、「数分後にキスを交わすのも当然だ」と。
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