779人が本棚に入れています
本棚に追加
大馬鹿だ。
最低の大馬鹿。
なんであんな嘘をついた。
どうしてちゃんと想いを伝えずに、真相を聞かずに、勝手に自分だけで終わらそうとするの。
何度後悔してももう遅かった。
周防さんは、あれから一度もしげよしに来ない。
それが私のせいだとしたら、茂夫さん達にも申し訳なく、いたたまれない気持ちに苛まれた。
ふとした時に、周防さんの夢を見る。
私の前を歩く、頼もしくて優しい大きな背中の夢を。
あの背中を見るのが好きだったのは、きっと振り向いてくれると、立ち止まって、私を待ってくれるとわかっていたからだったんだ。
そんなふうに、目が覚めてからいつも思い知って、その度に私は泣いた。
ただ、二人で歩くあの優しい時間を、黒いものや悲しいもので汚したくなかった。
そのままにしておきたかったんだ。
この恋に嵌まったら、今度こそ抜け出せなくなってしまいそうで、まだ臆病な私にはハードルが高すぎた。
____『ねえ、一度だけお見合いしてみない?』
久しぶりにかかってきた母からの電話の内容は、突拍子のないもので。
まだモヤモヤした毎日を送っていた私にとって、凄まじい一陣の風だった。
「お見合いって、」
『お世話になってる京子おばちゃんの知り合いで、良い人紹介してもらったのよ。由枝に是非って』
「だけど……」
『一度会って合わなかったらお断りしていいから。ね?』
もうこの際、恋はすっ飛ばして家族になってしまうのは?
お見合いをする人には、既婚者かどうかを詮索する心配なんてない。
「……会うだけなら」
臆病で卑怯な自分に嫌気がさしながらも、脆い心を守ることに必死だった。
最初のコメントを投稿しよう!