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コンペ当日、土曜日。
今日は近くの商店街で小さなお祭りがあったことから、しげよしもお客の入りが良く忙しかった。
普段より一時間ほど残業し、後片付けなどを済ませ店を出ると、はやる気持ちを抑えスマートフォンを取り出した。
周防さんから着信が入っている。
一度深呼吸して、震える手で発信ボタンを押した。
『もしもし?由枝ちゃん?』
すぐに出てくれた周防さんは、微かに息をきらし落ち着かない様子だった。
「周防さん、電話ありがとうございます。結果は……」
『うん。無事優勝した。由枝ちゃんのおかげ』
「そうですか!おめでとうございます!」
途端に感慨深く心が震えて、目に集まっていく水分に喉が詰まった。
嬉しくて嬉しくて、軽やかに歩きながらコンペの様子を尋ねる。
周防さんも次第に弾んだ声になり、何度も私にお礼を伝えてくれた。
『本当にありがとう』
「いえ、私は何も」
『そんなことない。由枝ちゃんがいなかったら、こんなに良い結果にはならなかった。二つの広場、凄く評価が高かったんだよ』
自分の思いつきを、誰かに受け入れてもらえるのって心底嬉しい。
それは周防さんが、私なんかの言葉を温かく傾聴してくれたおかげだ。
「ありがとうございます……」
『こちらこそ』
優しい声が心地良い。
ずっと聞いていたい。
できれば今すぐ会いに行って、あの柔らかな笑顔を見つめたい。
どうかしている。
あんなに、恋はしないって誓ったのに。
『それで、帰り大丈夫だった?今……』
「大丈夫ですよ。丁度着いたところです」
アパートの扉の前で苦笑する。
こんなにも甲斐甲斐しく心配してくれるなんて、申し訳ないと思いつつも嬉しかった。
「心配かけてすいません。ありがとうご……」
____「由枝」
背後から響いた声に背筋が凍った。
私は大馬鹿だ。
周防さんがあれだけ警戒してくれていたのに、自分自身が気を緩めてしまうなんて。
恐る恐る振り向いた先にいた皐太の姿に、驚いてスマートフォンを落とした。
『由枝ちゃん!?どうしたの!?』
小さく響く周防さんの呼び声を遠くに感じながら、血の気が引いていく身体で立ち尽くした。
「皐太……」
「由枝、やっと二人きりになれた」
仮面が張り付いたような不自然な笑顔にゾッとする。
恐怖で気が動転しながらも、必死になってしゃがんでスマートフォンに手を伸ばした。
しかしその手は力強く皐太に握られ、スマートフォンも思いきり蹴り飛ばされる。
「もう逃がさない」
じっとりと纏わりつくような視線に吐き気を催す。
この人はおかしくなってしまった。
くぼんだ目が本当に私を見ているのかもわからない。
恐怖で足がすくんで立ち上がることができずに、小刻みに震え彼を見上げるしかなかった。
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