左手の薬指

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 駆けつけた警察官に、どう事情を説明すればいいか考えあぐねているうちに、皐太の方が先に口を開いた。 「……すみません。元カノとより戻したくて、尾行して乱暴しました」  驚いて困惑する私に振り向き、悲しげに微笑んだ皐太。  それでも目に光が戻っていることに気づき、胸をなで下ろす。 「ごめんな、由枝。……さよなら」  皐太は再び背を向けると、警察官の男性と共に静かに去っていく。  脱力したように目眩がし、ふわりとその場にへたり込みそうになる私を、周防さんは力強く抱きとめてくれた。 「大丈夫?」  力なく肯く。 「周防さん、迷惑かけてすみません」  そう頭を下げた途端、彼は力いっぱい私を抱き締めた。 「無事で良かった。……良かった」  噛みしめるような声に胸が締めつけられる。  周防さんが来てくれなかったら今頃どうなっていたのかと、ゾッと背筋が凍った。 「周防さん、本当にありがとうございました。あの、パーティーは」 「そんなものすぐに帰ったよ。由枝ちゃんのことが心配で」  さらりと告げられた言葉に、もう溢れ出す気持ちを抑えることができなかった。  私も彼の背中に手を回し、泣きじゃくりながらぎゅっと抱き締め返す。  大切にされるのが、苦しいくらい嬉しい。  こんなに安心を覚えるのは、きっと彼だけだ。  周防さんが好きだ。  必死に目をそらしてきた想いに、ついに向き合ってしまった。 「周防さん、私……」  見つめ合って、彼が私の涙を優しく拭った瞬間。  きらりと光る何かが目に入り、私は目を見開いた。  どくんと鼓動が大きく動き、息をするのが苦しい。  胸が引き裂かれるような痛みに耐え忍ぶ。  言葉が出ない。  頭が真っ白になって、何も考えられない。  どうして。  どうして左手の薬指に、指輪が煌めいているの。 「由枝ちゃん?」  彼は気づいていないのか、不思議そうに私を見つめた。  咄嗟に彼から離れ、努めて冷静に声を出す。 「ありがとうございました。もう、大丈夫です」 「本当に?」 「はい。安心したら疲れて、早く眠りたい」  彼に気づかれないように微笑んで会釈する。 「今度きちんとお礼させてください。本当に、ありがとうございました」 「由枝ちゃん、」  彼が何か言いかけるのを聞く余裕もなく、スマートフォンを拾って玄関へ急ぐ。 「お休みなさい」  再びニッコリ笑って静かにドアを閉めた。  わき上がる虚無感に、しばらく呆然と立ち尽くす。 「ちゃんと鍵締めるんだよ。何かあったら連絡して。会社の方にいるから」  そう言って、静かに去っていく周防さん。  足音が聞こえなくなるのを待ち、その場に泣き崩れた。  どういうこと?  周防さんも結婚していたの?  だったらどうして、あんなに思わせぶりなこと。  こんなにまで大切に守ってくれたの?  どうして、どうして、と、混乱する頭を抱えてひたすら涙を流した。  こんなのって、あんまりだ。  恋はやっぱり、罠じゃないか。
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