左手の薬指

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 大馬鹿だ。  最低の大馬鹿。  なんであんな嘘をついた。  どうしてちゃんと想いを伝えずに、真相を聞かずに、勝手に自分だけで終わらそうとするの。  何度後悔してももう遅かった。  周防さんは、あれから一度もしげよしに来ない。  それが私のせいだとしたら、茂夫さん達にも申し訳なく、いたたまれない気持ちに苛まれた。    ふとした時に、周防さんの夢を見る。  私の前を歩く、頼もしくて優しい大きな背中の夢を。  あの背中を見るのが好きだったのは、きっと振り向いてくれると、立ち止まって、私を待ってくれるとわかっていたからだったんだ。  そんなふうに、目が覚めてからいつも思い知って、その度に私は泣いた。  ただ、二人で歩くあの優しい時間を、黒いものや悲しいもので汚したくなかった。  そのままにしておきたかったんだ。  この恋に嵌まったら、今度こそ抜け出せなくなってしまいそうで、まだ臆病な私にはハードルが高すぎた。 ____『ねえ、一度だけお見合いしてみない?』  久しぶりにかかってきた母からの電話の内容は、突拍子のないもので。  まだモヤモヤした毎日を送っていた私にとって、凄まじい一陣の風だった。 「お見合いって、」 『お世話になってる京子おばちゃんの知り合いで、良い人紹介してもらったのよ。由枝に是非って』 「だけど……」 『一度会って合わなかったらお断りしていいから。ね?』  もうこの際、恋はすっ飛ばして家族になってしまうのは?  お見合いをする人には、既婚者かどうかを詮索する心配なんてない。 「……会うだけなら」  臆病で卑怯な自分に嫌気がさしながらも、脆い心を守ることに必死だった。  
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