左手の薬指

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____「いやー、今日も暑いですね」 「そうですね」  それからトントン拍子にお見合いの日取りは決まり、紹介してくれた母の知り合いの京子おばちゃんを交えての顔合わせの後、二人だけで会うことに決まった。  今日はそのデートの日。 「わざわざ私の自宅の近くまで、すみません」 「いえ、僕の職場からもそう遠くないですし。良いところですね。賑やかな商店街もあるし」  屈託なく笑い汗を拭う彼。  高橋さん、35歳。  大手企業に勤めている会社員で、かなり年上ということもありとても落ち着いている。  温厚そうだし、とても優しそうだ。  割と話も合う。  ……ただ。 「どこかお店に入りましょうか」  自然と彼だけが日陰に移動したのを見て、ついつい周防さんを思い出してしまう。  比べるなんて最低だとわかっているけれど。  ふとした時にいつだって思い出してしまう、彼の仕草や温かい言葉が胸を抉った。  忘れなきゃ。  そう思えば思うほど、頭の中を浸食していく。 「ここにしましょう」  高橋さんはこの暑さに耐えきれなくなったのか、コーヒーチェーン店を見つけると一人で足早に入って行ってしまった。  慌てて彼を追いかけ店内に入った瞬間、中に居た涼しげな瞳の彼と視線が重なり息を呑む。  彼も相当驚いている様で、目を見開いてじっと私を見つめた。  どうしてよりによって、こんな時に周防さんと。  カウンターに座っている彼の隣にいた、ショートカットの女性が不思議そうな目でこちらを見た瞬間、全てを悟って目の前が真っ暗になりかけた。 「あの、高橋さん、別のところに」 「ええー?嫌だよ今更。もう頼んじゃったし」  訝しげな顔の高橋さんは、ソファー席にもたれ思う存分涼んでいるので、諦めて向かい席に座った。  まだ手が震えている。  周防さんの隣に居る女性は、一目見ただけでハッとするほど美しかった。  白い肌、首の細さが際立つ短い黒髪。    そんな彼女の大切な人に、一度でも恋をしてしまったことに罪悪感を感じて、冷や汗が止まらなかった。  大丈夫。  二人は壊れていない。  私達は何も始まらなかった。  そう言い聞かせて、どくどくと脈打つ鼓動を静めようと何度も息を吸った。  目の前の高橋さんは、私のそんな変化にも気にも留めずに楽しそうに話している。
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