左手の薬指

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「何するんだ!」  高橋さんの怒鳴り声にも全く動じずに、達観した目で彼を見下ろす周防さん。 「それはこっちの台詞だよ。どれだけ彼女を侮辱したら気が済むんだ」  真っ直ぐに、毅然とそう言う周防さんが眩しかった。  こんなの、心を奪われない方がどうかしてる。  でも、だめだ。  彼には奥さんが。 「彼女の仕事は素晴らしい。人を癒やし、日々の営みに安らぎを、喜びを与えてくれる」 「周防さん……」 「俺だったら、彼女がどんな仕事をしていようと、仕事なんかしてなくても、ただ傍に居てくれるだけでいい。家のことも、何にもしなくたっていい。休みの日は、彼女の行きたいところに行って、疲れている時は一緒にごろごろして」 「周防さん、」  だめだ。  それ以上言わないで。 「どんなに部屋が散らかっていても良い。俺が片付けるし。本当に、ただ傍に居てくれるだけで、……生きてくれているだけでいいから」  涙と嗚咽が止まらない。  そんなの、嬉しいに決まってるじゃないか。  幸せ以外のなにものでもないじゃないか。 「……どうですか?」  全て言い終わると、真っ赤になって私を見つめる周防さんに胸が高鳴った。  ……いや、だめだ。  どういうこと?  だって周防さんは…… 「だってもう、周防さん結婚してるじゃないですか!」  泣きながらそう叫ぶと、目を点にして固まる周防さんに面食らう。 「……結婚?」 「……結婚」  その頃には、いつの間にか高橋さんの姿は消えていた。
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