左手の薬指

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「あの日、由枝ちゃんが心配で慌てて帰ってたから、そんなこと気にしてる余裕なかった。まさか、あれを指輪だと思うなんて……」 「………………」  普通に指輪だと思った。 「……すみません、早とちりして」  恥ずかしくて、情けなくて申し訳なくて、深々と頭を下げる。 「全くだよ」  呆れたような彼の声にますます身が縮んだ。 「でも」  周防さんは、私の手をぎゅっと力強く握った。 「そういうところも好き」  曇りのない笑顔でそう言い切るから、途端に体温が上昇する。  好きって言われた。  初めて、こんなに真っ直ぐに。  溢れる涙で、彼の綺麗な笑顔が歪んでく。 「俺は絶対に、由枝ちゃんを欺いたりしないよ。誓って、既婚者じゃない。なんなら戸籍謄本も見せるし、……今すぐプロポーズだってできる」  熱くなった彼の手を、たまらずにしっかり握り返した。 「……ありがとうございます。何回言っても言い足りないくらい」 「それって、返事は」 「周防さんが好きです」  やっとのことで伝えられた言葉は驚くほど震えていて。  それでも幸せそうに目を細めてくれる彼に、胸がいっぱいになって苦しい。  周りの人からくすくす笑われても、私達はへっちゃらだった。  二人でコーヒーを飲んで、はにかみながらもたくさんの話をして。  手を繋いで帰って、今度は隣を歩いて。  遠くの方で茜色に溶ける青空のグラデーションがとても綺麗で、それだけで涙が出るほど幸せだった。 「恋は罠でも、破滅でもないよ」  周防さんが柔らかく微笑む。 「恋は、あなたを幸せにするものだよ」  私は嬉しくなって大きく肯いた。 「そうですね。私もそう思います。……だって相手が周防さんだから」  私だってきっと、あなたがただ、傍に居てくれるだけでいい。  ただ、生きてくれているだけで。  それだけで、最高の恋だ。
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