きっかけはそば湯

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「気に入られちゃったねー」  ニヤニヤと笑う茂夫さんに苦笑する。  きっと奴は、いちいち反応して腹を立てる割烹着の女を面白がっているだけだ。 「あのお兄さん、もう随分前からうちの常連さんでね。週に何回も来てくれるから有り難いのよ」  よし子さんにそんなことを言われたら、悪態をつくわけにもいかないし。  とにかく、毅然と接して奴のちょっかいを交わし続けよう。 「ごちそうさま」  男が席を立ち、よし子さんに背中を押される。 「由枝ちゃん、お会計お願い」 「は、はい」  あー、嫌だ嫌だ。 「……1080円です」  真顔で丁度を受け取ると、ろくに目も合わせずに会釈する。 「ありがとうございました」 「……由枝ちゃん」 「ひゃい!?」  突然名前を呼ばれ、変な所から声が出た。 「また明日」  そう言って棒付きの飴をレジカウンターの上に置き、手を振って去って行った。  何故名前を……。 「淡い恋じゃのお」 「思い出すわねえ、じいさま」  常連の老夫婦のお客さんにイジられ、「恋じゃない!恋じゃないっす!」と両手を振り声を張り上げた。 「いいじゃないの由枝ちゃん」 「運命の相手かもなあ」  よし子さんと茂夫さんにまでからかわれ、ますますあの男への怨恨は深まった。 「いいなー恋って」 「だから恋じゃないっす!恋は禁忌なんで!」  許すまじ、あの常連男。
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