きっかけはそば湯

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『あたし、お父さんとお母さんみたいな家庭作りたい』  高校生の時に私が言った台詞だ。  どんな時も寄り添い、笑い合っている両親が大好きで、私もいつかそんな家庭が作れたらって憧れを抱いていた。  そして、そんな家庭の舞台となる、素敵な家に携わることも。  幸せそうな家族に自慢の物件を紹介する度、心躍るような気持ちだった。  それなのに。 『最低!』  もう二度と、私は幸せを作ることも、幸せな人達に寄り添うことも叶わない。 『彼を返してよ!』  だって私は、人を不幸にしたんだから。 「ごめんなさい……」  涙が頬に伝う感触で目が覚めた。  あれから少しずつ眠れるようになったものの、まだ毎晩のように悪夢にうなされる。  退職して、彼ともすぐに別れて、逃げるようにこの見知らぬ地に越してきたけれど。  まだこの罪悪感からは逃れられないでいる。 「おはよう!由枝ちゃん」  それでも毎日生きていけるのは、茂夫さんとよし子さんと、優しい常連さん達のおかげだ。 「今日も一日宜しくお願いします!」 「おう!宜しく!」  ……あの常連さんを除いて。 ____「お姉ちゃん、ごちそうさま!」  いつも来てくれる、小学生くらいの女の子に癒される。 「全部食べられて偉いねえ!お野菜の天ぷらも食べられたの!?」 「うん!人参甘くて美味しかった!」 「偉い偉い!」  あまりの可愛さに、思わず頭を撫でて微笑んだ瞬間。 「すいません、そば湯ください」  背後からいつもの呼びかけが。 「……かしこまりました」  引きつった笑みでそば湯を届けると、常連の男はまたもや私に手招きする。  もちろん、もうその手には乗らない。  顔は近づけずに、怪訝な顔でそば湯だけそっと置いた。 「ねえ、俺にも偉い偉いしてくれます?」 「はあ!?」  いくら何でも奇天烈すぎるオーダーだ。  冗談の範疇を超えている。 「するわけないじゃないですか!」  流石に腹が立って声を上げるも、男は悪びれもせずに笑った。 「残念だな。こんなに綺麗に完食したのに」 「当たり前でしょうが!あなた大人ですよね!?この店好きなんですよね!?」 「ええ。……好きです」  真っ直ぐな視線でそう返され、心臓が勢いよく飛び跳ねた。  今のなし!  今のは違う! 「恋じゃのお」 「違う!違う!違う!」  叫びながら、四方八方から飛び交うおじいさん達の「恋じゃのお」攻撃を振り払う。 「由枝ちゃんの偉い偉いサービス、お金出してもいいくらいだけど」 「そんなサービスありません!」 「恋じゃのお」 「ち、が、い、まーす!」  ダメだ。  きっとこのお客さん達グルだ。  よってたかって私のことからかってるんだ。 「うふふ、お姉ちゃん面白い」 「なんだかこのお店明るくなったねぇ」  それでも屈託なく笑う女の子やおばあさん達の笑顔を見ると、みるみるうちに怒りも薄れてしまう。 「ね。由枝ちゃん来てくれて本当に良かった」  追い打ちのようなよし子さんの言葉に涙腺が緩む。  こんな私でも、まだ居場所を与えてもらえることが嬉しい。  しかしそんな温かい気持ちに水を差すように、ぽつりと男が呟いた。 「ホントっすよー」  気持ちが全く入っていない声色に苛立つ。  やっぱりこの人、からかっているだけだ。
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