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「くそっ。これでへこたれてたまるかってんだ。まだやるぞ」
とそこへ、また路地裏を行くものが一人。
「はぁああ、やっぱりぃ、都会はぁ~すごいですねぇ~。夜にお店が開いててぇ~、お買い物ができるなんてぇ~」
のんびりとした口調に小柄な体躯まだ子供の様だ。が、子供を脅かすことこそがお化けの本分。今こそ本気を出すときだろう。
「あれぇ~? 何もないのにぃ~、進めませんねぇ~」
「ふふふ。どうだ。手も足も出ないだろう」
「あぁ~。これはぁ~、あれですねぇ~ぬりかべさん! 」
何かに思い当たったかのように言うと「ポンポコポン! 」グーを作ってお腹を叩く。
「………………」
「………………」
初め、ぬりかべには何が起きたか分からなかった。実際何の動きもないのだ。
「あの小娘、逃げて帰ったのか? 」
にやりと笑いそうになった時、気づいた。
目の前に真っ白い壁がある。
「な、なんだこれ? こんなもんさっきまでなかったぞ」
ふと気づいて後ろを向くとそこにも白い壁がある。
横も同様で取り囲まれていた。
そして、動こうにも動けない。
「お、おいっ。な、なんだよ。これ。どういうことだ」
今までずっと通せん坊する側だった。
自分がされる側になるなんて思わなかった。
それはアイデンティティが崩される瞬間。
妖怪にとってそれは致命的な打撃といってもいい。
「わ、悪かった。オレの負けだ。勘弁してくれ! 」
「もう、いいんですねぇ~はぁ~い」
のんびりとした声が返ってくる。
ドロンッ煙が上がり、声の主は人間の姿に戻る。
彼女は盛狸山真奈美、去る地方を支配する化け狸の親分を父に持つ。
「お手合わせぇ~、ありがとうございましたぁ~」
「嬢ちゃん、狸だったんだな」
「ぬりかべさんとぉ~、同じようなぁ~技を~、私達もぉ~、つかうんです~」
そうだ、衝立狸や野襖、道塞ぎなどぬりかべと同様の現象を起こす怪異は狸が正体だとしている地方も多い。
故に最も相性の悪い相手だったのだ。
「大したもんだ、真っ向勝負で完敗だ」
話している所へ、
「真奈美ちゃん、何やってるんだ? 」
色白のぽっちゃりとした男の子がやってきて声をかけた。
「あぁ~、守さん~。迎えに来てくれたんですかぁ~」
彼は孤宮守。その名の通り正体は狐で元は由緒正しい稲荷神社の神使だ。
「いや、べっ別に心配になったとかじゃないけどさ。他の連中が見て来いってうるさ……ん? 」
そこで、彼は闇の向こうに潜むその存在に気づいたようだった。
「今~、ぬりかべさんと~、技比べしてたんです~」
「ぬりかべか。へ~そりゃ面白そうだ。僕も相手になってもらおっかな」
皮肉めいた笑顔を浮かべて闇に向かっていう守。
しかし言われたぬりかべは、
「い、いえ。滅相もありません」
と答えた。
自分とその相手の差が歴然だったからだ。
見ただけで身に纏う神力と妖力の差に身震いした。
真奈美との対決で既に相当のダメージを食らっているガチで闘ったら身が持たない。
「じゃあ、もういい訳ね。さあ、いこ」
「はぁ~い。ぬりかべさん、おやすみなさ~い」
「はい。どうぞお気をつけてお帰りください」
二人の姿を見送って彼は自信を喪失しかけた。
完全に舐めていた。
油断してた。
負けを認めるしかないか。
そう思った時、路地の向こうから誰かがくる。
「あらあら、すっかり遅くなっちゃわ」
声の様子だと人間の女性の様だ。
これだ。やはり準備もせずに無防備な状態で妖怪と闘うのは無理があった。
でも、人間相手なら違う。
今日はあの人間を驚かして優秀の美を飾ろう。
想いながら闇に身を潜ませる。
そして、女性はぬりかべの元まで到達した。
「あらあら、今時珍しいわね~。ごめんなさい、ちょっと急いでいるの」
いうとその女性、金鞠須磨子はカバンから折り畳み傘をだす。
そして、「誰か他のお相手を探してちょうだい。さようなら」
言うとそれで彼の足元を払う。
それでおしまい。
今日の中で一番あっけない真っ向からの大負けだった。
「…………今日は帰ろう」
彼は思う、この経験を糧にしよう。
また地道にやるんだ。
人の通せん坊して驚かして経験を積む。
そして次こそは負けた連中に大きな壁となって立ちはだかってやるのだ。
その想いを胸に秘め彼はその身を闇へと溶かしていく。
(了)
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