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ここは妖怪たちが共同生活している百鬼夜荘、に通じる裏路地。
時刻は午後11時を過ぎた頃か。一人の男が歩いている。
長い髪を後ろでひっつめ糸のように細い目が特徴的だった。
半分くらい進んだ頃だろうか。
突然前へ進めなくなった。
「な、何だ? 」
前には何もない、にも関わらず丸で見えない壁があるかのようだ。左右に動いても手を上まで伸ばしても同じことだった。
「畜生、舐めやがって。この鎌鼬の修二様に喧嘩を売るつもりだな。面白れえ」
彼はそのまま四つん這いになると、
「ううううううううううううっ」
低く唸り全身に力を込めたかと思うと、突然飛び上がりグルリと身体を一回転させる。
ドロンッ
煙が立ち込めた中に現れたのは手の先が鎌のようになっている白いイタチだった。
「はああああああああああ」
イタチは己の鎌を見えない壁に突き立てる。
「ふんっ、どうだっ! 」
と、ふんぞり返るが。まるで生渇きのコールタールに鎌を突っ込んだような感じで手ごたえがない。それどころか、突き刺さった鎌がそのまま抜けないのだ。
「あ、あれ? ちょ、ちょっと。いや、何よこれ。困ったな。ちょ、ちょっとねえ。あの、何とかしてよねえ」
いくら彼が何を言っても反応がない。ただ、鎌は見えない壁に埋まったまま。
今までの余裕が恐怖に変わる。既に彼の言葉は涙声になっていた。
「わ、悪かったよ。離してくれよ。降参だ。降参」
そういった途端に鎌が抜けた。
「お、お、お助け~」
そう叫びながら、鎌池修二はイタチの姿のまま一目散に逃げだした。
後に残る者は誰もいないように見える。
がそんなただの闇の中で声が響だけが響く。
それは妖怪ぬりかべのものだった。
「人の世で暮らす百鬼夜荘の住人とやらがどの程度のものか試してやろうと想ったが口程にもない」
彼の目的はただ一つ。道を通さないことだった。
「この調子で一人残らず追い返してやるわ。む、また誰か来たようだな」
暗闇の向こう、今度やってきたのは金髪碧眼の女性。
彼女はぬりかべの元にやってくるとそれ以上前に進めなくなる。
「おや? なんだいこりゃ。妙だね」
見た目とは似合わない様な口調で呟く。
そのまま両手でポンポンと当たりを叩く。
「なあ、あんた妖怪だろ。アタシは英国から来たもんだが、この国に馴染んで長いつもりさ。無駄な喧嘩はしたくない。通しちゃ貰えないもんかね」
穏やかに問いかけるが、
「………………」
返事はない。
「そうかい。どうしても通す気がないんだね。しゃあない、久々にやるかね」
言うと、「はあっ!」叫び声をあげて力をこめる。
するとザンッと音がして背中から大きい蝙蝠の様な翼が映えた。
「なに? そ、そんなのありか? 」
沈黙を守っていたぬりかべも思わず声を漏らした。
「じゃあね、これに懲りたら下らないイタズラするんじゃないよ」
いうと、彼女は天高く飛び上がった。
が、ぬりかべもそれで負けるつもりはない。いつもよりも高くかべを上まで広げていく。
「ぐっううううううううう」と女性が低く吠えるような声を上げ。
「うああああああああああ」ぬりかべが上げた地鳴りのような叫びが辺りに木霊した。
そのまま二人の根競べとなったがどちらも一歩も引く気配がない。
「ちっ、これじゃあ埒が開かないね~。仕方ない、つかれんだけどやるかね」
言うと一旦彼女は空中で身体を止める。
「な、なんだ? 降参か」
ぬりかべは勝ち誇ったように言ったが、
空中で止まった彼女の身体が突然薄くなっていく。そして辺りには霧が発生する。
「き、消えた? 」ぬりかべが驚きの声をあげるが、消えたわけではない。
彼女の名前はメアリークレイトソン。英国生まれのヴァンパイアハーフだ。
故に霧状に変化できるという吸血鬼の能力を使ったのである。
「じゃあ、通らせてもらうよ。日本の妖怪さん。国際問題にはしないどくれね~」
ははははははははは。
不気味な笑いを響かせて彼女は彼の身体を通り抜けていく。
「く、くそ。あんなのありか。卑怯もんが、だから西洋妖怪は嫌いなんだ」
ぶつくさぶつくさ。愚痴っていると路地の奥から大きな独り言が聞こえてきた。
また、誰か来たのだ。
「まったくあの学年主任の宮崎の奴、細かい事ぐだぐだいっちゃってさ。本当にむかついちゃうわ~」
どうも酔っぱらってるらしい。
「ふ、酔っ払いか。こりゃ大したことないな。楽勝楽勝」
闇に潜みながらぬりかべはほくそ笑む。
「メアリーも待っててくれればいいのに。友達がないわよね。あまりにむかついたから一人呑みしてきちゃった~」
そんなことをいいながら、ぬりかべのいる所までやってくる。
「ありゃ? なによ、これ。全然進まないじゃない。私、そこまで酔っぱらってんのかしら」
それから色々なことをわめきながら自分の目の前をパンパン叩く。
「なんで通れないのかしら。ちょっと、何これ? なんかのいたずら? 通しなさいよ」
わめいても何をしてもだめだった。その事にようやく気付いたらしい彼女。
「よ~し、じゃあ。無理にでも通ってやるからね~。ともしび一つ!」
言って胸の前に両手を垂らした。
すると、真っ暗だった路地裏に青白い光の人魂が浮かび上がる。
「いちまーい」
いうと、その前にお皿が一枚浮かび上がる。
「にまーい」
更にもう一枚お皿が浮かび上がる。
この要領で「さんまい」「しまい」「ごまい……」数えるたびに皿が増えていく。
彼女は更屋敷菊奈と名乗っているが、元は番長皿屋敷のお菊さんだ。
皿を数えることで怨念を積み上げていくことになる、そして、その最後に至った時、
「くま~い……やっぱり一枚たりない! 」
ガシャーン、ガチャン、ガシャーン、ガチャ、ガチャ……
皿が四散乱舞した。
いくつかは先ほどの鎌池修二が突き刺した鎌と同じように通じない。が、
四散し飛び散った皿の一つがぬりかべの下方部分を右から左に通り抜けた。
「………………」
あきなが気づくと辺りには何もない。
壁があるように勧めなかった道も普通に進めるようになっていた。
「あ、進めるわ。なんだったんだろ。ん~、飲みすぎたかな。気をつけなきゃね~」
呑気なことをいいいながらそのまま帰路へ付く。
「くそっ。なんてことだ」
悪態をつきながらぬりかべは戻ってくる。
何が起きたのかというと、ぬりかべは上をどう触っても払っても動かないが、下を払うと消えるという弱点があるのだ。先ほど、あきなの放った皿が偶然下を通り、払う形になった。
だから、一度消えざるを得なかったのである。
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