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幼稚園の自由時間。園庭で遊んでいたが、お手洗いに行きたくなって急いで走った。
もう何で遊んでいたのか思い出せないが、とにかく早く用を済ませて戻って遊びたかったんだと思う。
急いでトイレから出て、手を洗って、靴をはいて、と思っていたら呼び止められたのだ。まだ幼く高い声で「チカちゃん!!」と呼ぶ声に。
当時はこれでもかというぐらい仲良しだった(母はいつもそういうがそんな記憶はない)後藤くんは、くりくりの目をまん丸にして驚いて慌てている。
私はそんな後藤くんを尻目に「はやく!」とか言いながら手早く靴を履いた。なんなら早く靴を履ける私カッコイイ!ぐらい思っていたかもしれない。恥ずかしい。
だが、後藤くんは私の腕を掴んだり洋服を引っ張ったりして妨害してくるのだ。
私も意地になって靴を履くが、妨害されてだんだん悲しくなってきた頃。
いつの間にか真っ赤な顔になっていた後藤くんが小さい声で言ったのだ。
『チカちゃん……パンツ丸見えだよ……』
と、ね。
実は後藤くんに淡い思いを持っていた幼き私はそれはもう泣いた。
パンツに巻き込んでいたスカートを引っ張り出し、恥ずかしすぎて大泣きした。
大好きな後藤くん(幼)にパンツを見られたことや、カッコイイチカちゃんでいたかったのに恥をかいたと身も世もなく大泣きして、先生や友人たちが集まってきて、更に恥ずかしくなり、母が迎えに来るまで園長室で丸くなっていた。
しかも被害妄想は止まらず、それから何日か幼稚園を休んだ。
友人にも先生にも園長先生にも母にも父にも、ペットの猫にも理由は言えなかった。
そんな恥ずかしいことを言えなかった。私は見栄っ張りで、カッコイイチカちゃんだと全方位に思われたいタイプだったのだ。
でも、きっと後藤くんは幼稚園のみんなに言ってしまっただろう。
「パンツ丸見えで歩いてた」「チカちゃんは赤ちゃんだ」「パンツ丸出しチカちゃん」と。
もう一生、幼稚園に行けないと泣いて泣いて泣きまくったが、後藤親子がお見舞いに来たことで状況がわかった。
なんと、幼稚園では後藤くんが意地悪をして私を泣かせたことになっているらしい。
ごめんねと謝る後藤ママに『違うの』としか言えない私は、後藤くんと”仲直り”ということで二人にしてもらった。
久しぶりに顔を合わせる後藤くんは最初心配そうな顔をしていたくせに、なぜか私と目が合うと恥ずかしそうに下を向いてしまった。パンツ丸出し事件はやっぱり私の記憶違いではなかったようだった。むり。
二人でモジモジした後、庭の壁側にいるだろうダンゴ虫を二人で見ながら身を寄せ合い小声で話すことにした。これは極秘の話なのだ。
『……幼稚園、チカちゃん来ないとつまんないよ』
恥ずかしいところを見られてしまったとはいえ、淡い気持ちを頂いていた後藤くんにそんなことを言われれば、嬉しいやら恥ずかしいやらでプイッと顔を反らす。
『……なんで言わなかったの。みんなに』
そうなのだ。後藤くんは意地悪をしたわけでは無く、パンツ丸出しの私を止めようとしたのだ。それなのに、私が恥ずかしすぎて大泣きして……。
返事がないので後藤くんの方をチラリと伺うと、やや不貞腐れたような表情でジトっと花壇の土をほじっていた。私の視線に気付いたのか、ムスッとしながらやっと『言わないよ』と返事があった。
不機嫌顔の理由は気になるところだが、言わないと言ってくれて体の力が抜けたが、それで終わりではなかったのだ。
ここで終われば淡い初恋メモリーなのだが。
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