スガイじゃない男

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スガイじゃない男

『……スガイ?』  終電を逃した駅前のマックで着信した相手は、そう尋ねた。もちろん、俺はスガイなんて名前じゃないし、俺の人生のたった一ページにだって、スガイなんて名前の登場人物はいない。それなのに、否定しなかったのは、始発は二時間も後で、死ぬほど退屈だったからだ。 『ごめん、急に。二年ぶりだし……びっくりするよな』  まず初めに、こいつが謝るのは二年越しの突然の電話じゃなくて、深夜二時過ぎに電話してきた事だ。百円のコーヒーを三回もおかわりして、すっかり切れたアルコールが眠気を吹き飛ばして無きゃ、俺は間違いなく、間違い電話にブチ切れてた。 「今、二時過ぎなんだけど」  路上に面した二階の窓から見下ろす青暗い駅前に、人の姿は見当たらない。 『まだ、起きてるかと思って……』  天然かよ。起きてるから良いってもんでもないだろ。それにしたって、二年ぶりの相手に、こんな時間に電話する様な人間は、俺の経験上、まともじゃない。電話口の相手がまともじゃないんだ、スガイもきっとまともじゃない。 「まぁ…いいよ」  常識を説く事はやめにした。スガイだったら、深夜二時過ぎの電話を咎めたりしないんだろう。 『元気だった?』  スガイの事は知らないけど、俺はそれなりに元気だ。大学進学のために東京進出。もちろん、東京に住んでるわけじゃないけど、地方出身の俺にしてみれば、東京だって千葉だってそんなに変わらない。学校が終わったら居酒屋でバイト。勉強はそこそこに。二十歳になってからは、バイトのない日は飲んで遊んで、こうやって朝までマックで待機。この二年、風邪の一つもひいてない。 「ゲンキ。そっちは?」 『去年、ちょっと体調崩したかな……ウツって言うか……それで仕事辞めて……』  体壊すまで働くって社会人の鏡だな。俺なら速攻辞める。 「そうなんだ。大変だったな」 『仕事、まだ続けてる?』  あんまり踏み込まれると、答えに困る。スガイのことは何にも知らないわけだし。 「続けてる。まあ、色々あるけどね」  しらんけど。社会人じゃねぇし。て言ったって、バイトだって色々ある。酔っ払った客と喧嘩になったこともあるし、バイト同士の揉めごとに巻き込まれるとか、店長が割とクズだとか。それでもバイトだしって割り切ってるから病む様な事はない。 「で、何の用?」  そう、結局、それだろ。 『あ、ごめん。ただ、何となく、思い出して』  何となく思い出して、この時間に電話して来るんだ。地元の友だちのことなんとなく思い出しても、俺はこんな時間に電話しないけどな。 「なんとなくなんだ?」 『いや、そうじゃなくて……』  煮え切らないのは、こいつの性格なのか、そんなんだから鬱病なんかに神経すり減らすんだろ。言いたいことがあるんなら、さっさと言えばいい。 「もう、切っていい?」   もっと面白いかと思ったのに、思ってた以上に深夜二時過ぎの間違い電話はつまらなかった。だいたい、俺は何を期待してたんだ。スガイがどう言うやつで、そもそも、こいつの名前だって知らない。そうだ、こいつは深夜二時過ぎに、二年ぶりの電話だっていうのに、名前だって名乗らなかった。 『待って、もうちょっと話したい……』  まあ、そっちが話したいことあるんだったら、俺は別に構わないよ。始発までは、あと一時間五十六分もある。 『話したいこと、いっぱいあったのに……なんだろ、ごめん』  話したいことがいっぱいあるなら、メモを取っておくことを勧めてやる。そうしたら、どんなに緊張してても、どんなにテンパってても、言いたいことを相手に伝えられる。 「いいよ、ゆっくりで」  どうせ電話代はそっち持ちだ。紙コップのコーヒーはもう半分も残ってない。この分じゃ、マックを出るまでにもう一回、おかわりにいくことになりそうだった。ポケットから小銭を取り出してテーブルの上にぶちまける。本日手持ち残高は、百円が三枚、十円が三枚、五十円に、一円玉が、いち、に……。 『本当は…本当はあの時、自分の気持ち、ちゃんと伝えておけば良かったって……ずっと後悔してたんだ』  急に喋り始めるから、小銭の数がわからなくなる。また一から数え直さなきゃいけないだろ。 『俺……、ずっと、スガイのこと…好きだった』  マジか。そう来るか。まあ、そういう告白は、ちょっと頭おかしくなってる時間じゃなきゃ出来ないかもな。二年がっつり悩んで、ようやく決心したのが、夜中の二時過ぎ?友達だったんだろ?少なくとも連絡取り合ってた二年前まで、スガイとこいつは友達だった筈だ。相手、男だぜ?勇者かよ。 『ごめん……急に…、怖いよな……こんな話』  怖く無いけど、スガイだってさすがに、夜中の告白にはビビるだろ。そもそもおまえらどういう関係なんだよ。二年、一回も連絡できなかった友達って、どういうこと?喧嘩別れでもしたわけ?スガイもスガイで酷くない?電話番号変わったんだったら、ちゃんとこいつに教えてやれよ。そしたら、俺がこうやって電話取る様なこともなかったんだし。 『スガイ?』  ヤなやつじゃん、スガイ。なんでそんなヤツのこと、ずっと好きでいられんだよ。 「どこが好きなんだよ」 『え?』 「え?じゃなくて、どこがそんなに良いんだよ?どこが好きなわけ?」  どこがっていうか、なんで?って感じだけど。別にこいつとスガイがどうなろうが知ったこっちゃない。俺に電話掛けて来た時点で、こいつの恋は終わってる。こいつにはこの電話番号以外に、スガイとの繋がりは無いわけで、だからこれから先、一生、スガイの番号を知ることもないだろうし、スガイの答えを知ることだって無いはずだ。俺は何にもしてやらないし、そもそも何にも出来ないけど、話しを聞いてやってる限りは、知る権利がある。 『そんな事、聞かれると思ってなかったな』  あははは。じゃねぇよ。何にもおかしなことは言ってない。 『そうだな……真面目で一生懸命で……べん……ごめん』  泣いてんの?てか、泣くなよ。俺が泣かしたみたいになんだろ。いや、俺が泣かしてんのか?まさか泣き出すなんて考えもしなかった。 『勉強家だし、おも……いい……やつ……った』  何言ってるかわかんないけど、こいつから見えるスガイは最高ってことらしい。そんな最高のスガイに、見切られてるって事も知らないなんて、同情する。スガイのことなんか、一ミリだって知らないけど、多分、こいつはスガイのことを買い被り過ぎだ。 「そんな良い奴じゃないから、俺」  そうだ、スガイはそんな良い奴じゃない。いっそのこと、こいつがスガイなんか死ねばいいのに、って思うくらい、コテンパンに振ってやったらいいのか。そしたら、こいつのスガイに対する気持ちは、迷子にならないで済む。 「てか、俺……」 『会いたいよ……スガイ……』  ホモじゃねぇからって、そうやって言ってやるつもりだったのに、引くぐらい泣き出すから、それどころじゃなくなった。電話を取った時、大人しく、間違えてますよ。って言えばよかったのかも。 『スガイ……』  もう今更、うっそでーす、俺はスガイじゃありませーん。なんて言い出せるわけもない。あんまり悲しい声だすなよ。鳩尾の辺りがぐりぐり抉られてるみたいで、嫌なんだよ。  全部偶然が重なったってだけの話だ。スガイが電話番号を変えて、俺が上京したついでに、その電話番号を引き継いで、こいつはそれを知らなくて、二年越しに電話したら、俺が死ぬほど退屈してた、それだけの話だ。なにも俺が、罪悪感を覚える必要ない。悪いのはスガイで、こいつを泣かせてるのも、スガイだ。 『スガイ……』  スガイでも無いくせに、自分が呼ばれてる様な気がした。スガイとして電話に出たんだ。いくらスガイがヤなやつでも、決着を付けるのは、俺だった。 「ごめんな」  スガイがこう言うかどうかは知らない。だけど、スガイに会いたいって泣くこいつに言ってやれることは、これぐらいしか思いつかなかった。結局、何言ったって、全部嘘だからだ。 「ごめんな……ほんと…ごめん」  最後のごめんは、スガイの振りして電話に出てごめんなさいのごめんだ。さすがの俺だって、自分のしたことを謝らない様なクズじゃ無い。 「ごめん」  俺は馬鹿みたいに繰り返した。  小銭は結局、百十九円手元に残っただけだ。五杯目のコーヒーを飲み終わって考えたのは、もう当分、コーヒーはいらないってことだ。ついでに朝飯もいらないから、とにかく布団に入りたい。 「ありがとう」  何に感謝したのかは知らないけど、あいつはそう言って電話を切った。怒鳴られることはあっても、俺が感謝されることなんかないのに。だけどその理由について、俺は一生、知ることもないと思う。これがお互いの為だ。俺はスガイの振りして電話に出なくていいし、アイツはもうスガイに振り回されることもない。俺はアイツの電話番号を着信拒否にした。
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