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大昔の話。
私の住む村では、雨には子供達は広場で遊ぶのが習慣だった。あの嵐の大雨の日、外に出たのはお姉ちゃん同然の女の子と、やんちゃな二人の女の子だった。
魔王が気紛れに殺した瞬間を遠巻きに見た時、姉同然の彼女がもう助からないことを悟った私は見た。
真っ先に死体に駆け寄った、濡れてなお輝く金と、毛先にかけては港町の海のように輝いた蒼い髪を持つ少女を。
私はその生きている女の子を助けるために駆け寄った。
魔王が腕を振り上げた時、金と蒼の髪の女の子は咄嗟に俯き頭を抱えた。私は彼女の前になんとか庇うように立った。
そこで気付いた。彼女はぐちゃぐちゃな体の中、唯一まだ傷の浅い死体の頭を庇っていたことに。彼女は私の存在に気付かないくらい、強く抱き締めていた。私は生きた女の子だけを庇った。
その一連を見ていた魔王は振り上げた拳を下ろした。
「面白い。お前は、勇者になれる」
それだけ言って、魔王は去った。
それから私は罪悪感から一人で村を去った。
それから私は色々あったけれど、ようやく辿り着いたお城で勇者になれた。剣は学べなかったけど、旅の知識はあったし、笑顔は絶やさなかった。
魔王の言葉は、間違いなく私に向けられていたから。
初めにリットを見た時、私はかつてあった村の子だと悟る。
生きる術はともかく、剣も学べなかった私のせいで誰かが死んで欲しくなかった。特に、命が助かったあの子には。
けれど彼女といるうち、彼女は誰にも死んで欲しくないから、自らが勇者になりたいと思っていることに気付く。勇者になれると信じていると気付く。
そうだ。
あの魔王の言葉を、彼女は自分に言われたと勘違いしたのだろう。
だけど。
だけどね、リット。
リットは優しすぎた。
雨が止んだあと、私はリットの遺体に剣を握らせる。思った通り弱くしか光らない。ショックだろうから生きている間に見せなくてよかったと、もう私は冷たく考えた。
私は彼女の遺体がもうじきに飢えた野生動物に喰われることを知っていたから、今のうちに髪を少し切り、布袋に仕舞い、大切にしていた弓を私の背中に携え、抱き締めてから、木の木陰に彼女を座らせ、手を合わせた。
埋葬、出来なくてごめん。貴女が私に生きて欲しいと願うなら、そこらで目を光らせる猛獣に背中を預けて貴女を埋めることも、背負って逃げることも私には出来ない。私の限界は私が知っていたから。
そう。
私は、こうもあっさりとしていた。
勇者に必要なのは、優しさでも、強さでもない。
最後の最後までだれかを助けようとするか、それでもしっかりと諦めがつくか、トラウマは出来ないか、それだけなのだろう。
優しすぎて雨音を恐れるリットは、雨音を前に何も感じない私とは違う。
ずっと流れ続けていた涙も、手を合わせているうちに引っ込んだ。
私はもう、前向きだ。
リットを失った悲しみより、リットの優しい思い出を思い出していた。
トラウマなど、できないだろうな。
そう、リット。
私を殺さないために勇者になろうとした、貴女は。
「勇者には、なれないよ」
ごめん。
ありがとう。
私は魔王を倒すべく、一人で歩き出した。
雨音など、聞こえる筈もない晴天の日だった。
~おわり~
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