勇者候補

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~勇者候補~  勇者に、なれなかった。  勇者になれる絶対の自信があったのに。  過信するわけではないが、回りの評価はいつも高かった。才も力も常に鍛えてきた。昔から、恐怖の中でも足が動く質だった。世界の隅の古城に住み着く悪魔が消えれば、町の外れの娘の無惨な最期をもう誰も迎えなくて済むのだ。  あの日は酷かった。  嵐と共に現れたきまぐれな魔王は、何の傷もない生娘を村の広場で紅く染め上げた。どんな子供も遊ぶのを控えるような雨の日だった。  雨音で悲鳴も聞こえなかったけれど、その日以来私は雨が降る度、あの娘の泣き声が頭に響いてやまないのだ。  もうあんなの、あっちゃだめだ。  だからこそ、勇者がためのあの剣を王から授かろうと遥々城下町までやってきた。  のに。  私がお城へ着く一日前、私よりも先に女勇者は現れたらしい。剣を握った時、蒼い宝石は七色に輝いたようだ。彼女は盛大に祝われて、明日魔王城へ旅立つそうだ。  私はそれが気にくわなかった。  その勇者をみた瞬間、何故か酷く、酷く気にくわなかった。  豊作の年に見た麦俵のような金色から毛先にかけてルビーのように燃える赤い長髪を緩く二つ結びにし、透けた黄の瞳。まだおぼこさが残る十八の英雄は町を出るその瞬間まで笑顔を絶やさなかった。  しかしその怖れ無き笑顔の裏で見た剣術は素人に近く、唯一魔王を倒せる剣を持って初めて一般程度のものだ。聞くに、町の学術所も出ていないそうな。あんな弱そうなやつが勇者を担ってはいけない。  ――私こそ、勇者になってやる。  そう考えた私は、彼女の地位を――せめて魔王が消えるまでには手に入れようと思い、一人になった山奥で声をかけた。  「ねえ、貴女、勇者様ですよね?」 「?初めまして。うん、一応はそうなるのかな」  少し戸惑う風の一人の勇者に、私は弓を手放し頭を下げた。  「私は『リァーシャリット』。どうか、貴女の仲間にいれてほしい!」 「な、仲間?え?」  すると彼女も剣を鞘に収め、慌てた様子を見せた。  「わかってる、の?貴女からは魔王側の力は感じられないけれど、悪いことは言わないわ。魔王の仇討ちならば私に任せて、貴女は狩人に戻りなさい。」 「嫌です。」  するとひとりぼっちの勇者様は必死に睨む。  「勇者の資格もない人間が、なぜ怖れずにそんなことを言えるの?千年続く魔王の裏の支配からなら、私が全て解決するから」  何故って、貴女の地位を奪うためだから。とは言えず、私は弓と矢を手に取る。そして、彼女の背後の林檎の実を、彼女に誤解され剣を抜かれる前に撃ち落として見せた。  「私は少なくとも、勇者よりも素早く正確です。今、貴女の剣と殺り合っても私が勝てます。」 「っ…」  ポタリ、と落ちた彼女の汗を見逃さずに、私は言葉を続けた。  「これまで勇者に選ばれた者は全て仲間がいた。私は殺された勇者の剣を、魔王に奪われる前に逃げ、王都まで戻した仲間の末裔なの。簡単には死なない、だから」  お願いします、ともう一度頭を垂れると、今度は勇者ははぁ、とため息をついた。まあ、もし無理ならば無理に後を追跡し、いつか剣を握らせてもらえば良い。勇者よりも輝いた剣を握った時、私は勇者になれるのだから。それを見ると、彼女も譲るだろう。  そう諦めつつ考えていると、勇者はしかし全く別の反応を見せた。  「ええ、わかった。ただし貴女を連れていくのは魔王城手前まで。それで、良い?」 「!勿論!」 「そっか。なら――よろしくね!私は『レーノフミア』。呼びにくいから、レーノで!」  そうしてニカッと勇者は笑った。  「じゃあ私も、リットでお願いします。レーノさん!」  握手をする。  かくして勇者とその勇者の地位を狙う私の、この世を救う旅が始まった。
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