勇者候補

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 体を切り裂くその痛みは、案外すぐに終わった。  血だか何だかの温もりが、側に感じる。  汗か何だかの水滴が、私の頬を跳び跳ねる。  紅い背景に見えたリーノの姿で、私は押し退けた表紙に斬撃を食らったのだと察する。左手を引っ張って攻撃から救ってくれたのだろう、左手だけは体の中で唯一動かせられた。皮膚感覚も危うい。  ただ、ゲリラ豪雨はあっという間に止んだということは何となくわかった。背後を見せたリーノが死んでいないのは、そう言うことだ。  リーノはずっと笑っていないから、私は一人話で気を紛らわせてやろうと考える。  「むかし、わた、まお、にあって」 「…!!」 「ゆしゃになれって、まおう、にいわれて」 「…!」 「ゆしゃ、になれば、だれも、しなないから」 「…」 「リーノにも、しんで、…しく、ないから」 「……」  一層、リーノは顔を歪めた。多分。  「でも、ゆしゃは、リーノがふさわしいから」 「……」 「でも、でも」 「…なあにっ」 「リーノには、生きてほしいから」  死なないでくれ、それは聞こえたのだろうか。  ただ、最後にリーノはこう言った。  「リァーシャリット、リット。貴女は、勇者になるには優しすぎたんだよ」  最後に溢れたのが彼女の声ではなく涙だったことは、目がなくたってわかることだった。
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