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 盛り上がりを受けて、次の話が始まったが(高知行きが決まっているお調子者の樋口という男だ)、こちらは完成度が低かった。あやふやなプランで話し始めたはいいものの、途中でどうも弱いことに焦り出し、何とか話を盛ろうとしてかえって道筋を見失い、開き直って作り話だとばらして終わった。  すっかり盛り下がったので、ここでこの流れは終わりでも良かったはずだ。でも自分だけスベったままでは悔しかったのか、樋口が隣の男を捕まえて、次の話をするように促した。  話を振られたのは、6人の同期の中でもいちばん地味で寡黙な、柴田という男だった。石川県に行くことが決まっていたが、郷里も石川県だという話だった。常に大人しくいちばん後ろに控えていて、必要最低限しか動かない。話す時は穏やかに、同期の我々に対しても敬語で話す。声を荒げたり、興奮したり、大きな動作で動くことさえ見たことがない、そんな男だった。  樋口が彼に話させようとしたのは、柴田が寡黙で、場を盛り上げる話なんてできない……自分と同じようにスベってくれる……と思ったからだろう。結果的に、それは見当違いだった。確かに盛り上がりはしなかった。場はしんと凍りついてしまったが、スベったわけでもない。  柴田は小学生の頃、地元の夏祭りでの出来事を語った。彼は訥々と、抑揚のない無表情な声で話した。まるで新人研修で仕事の仕様書を朗読してる時のような話し方だった。でも、僕を含めた5人は彼の話にすっかり引き込まれてしまった。  地元の神社の夏祭り、そこで出し物として行われた見世物小屋をめぐる話だった。
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