何度だって出会うから

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 大学を卒業し、旅行用品を扱うメーカーへ就職した。営業に配属された丈一は、得意先である百貨店や旅行用品を扱う生活雑貨店へ寄ることも多かった。  仕事にも慣れてきたのは三年ほどが経過した頃だろうか。  得意先の従業員の方々にも名前を覚えてもらい、何度かプライベートでも食事をするほど信頼してもらえるようになった。 「葉山くんさ、彼女いないの? 若いんだから、ガツガツいかないと」  販売店の社員さんからはそんなことを言われ、「ははは、そうですね」と曖昧な言葉でお茶を濁してきた。  その頃の丈一は、大学生まで交際していた彼女と就職を機に自然消滅してしまい、それからは仕事が忙しく、恋人を作るという余裕はなかった。  同僚や友人からコンパの誘いが何度かあり、それに参加することもあったのだが、あまりいい女性とは巡り会えなかった。  いや、そもそも、初めから積極的に参加などしていなかったのかもしれない。  一人でお酒を飲みながら、話を合わせるだけの会話しかしていなかったのだから。  それは暑い夏の日のことだった。日付は八月七日。  街中では溶けるような暑さで陽が照りつけ、肌を露出する者も多くなったその頃、彼はいつも通りネクタイを締めてハンカチを手に持ちながら得意先を回っていた。  汗は永遠とも思えるほど流れ続けてくる。  午後の営業を終えたのは、時計が四時を過ぎていた頃だった。  会社へ帰ろうと、百貨店を出て交差点の横断歩道で信号を待っていた。じっとしているだけで汗が流れて、ハンカチが手放せない。  信号が青に変わったとき、多くの人が行き交うその道を水色のワンピースを着た一人の女性がこちらに歩いてくるのがわかった。  何気なくその子の顔を見たとき、丈一は何かを思い出した。高校のときの同級生、だったような気がする、と。  名前は、そう、新田、新田香織だ。  同じクラスで、何度か話したことはあったが、仲良くなるようなことはなかった。  それでも、当時彼女の姿を自然と目で追っていた丈一は、密かに新田香織のことを意識していたのかもしれない。  彼女とはすれ違い、横断歩道を途中まで歩いた彼は、来た道を引き返してしまった。  あれ? 俺なにやってんの?  自分でも理解できないと思いながらも、彼女の後を追っていた。  新田香織はすぐ近くにあった百貨店に入っていく。そこは先程まで丈一がいた場所だ。  急いで店の中へ入る。  たまたま知り合いの社員さんに出くわし、「あれ? 葉山さん、帰ったんじゃなかった?」と言われてなんとか誤魔化した。  エスカレーターに乗り、彼女を追いかけた。すでに見失っていたので、彼は一層慌てていた。  いや、ちょっと待てよ。これってストーカーみたいになってないか?  そう自問しながらも、ここまで来て帰るのもどうかと思い、丈一は必死で新田香織を探していた。
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