何度だって出会うから

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 心電図の音が一定のリズムを刻んでいる。  人工呼吸器が取り付けられた香織の姿は痛々しく、顔を直視する事が憚られた。  黄色いガウンに帽子とマスク。こんなものを身につけなければ会うこともできないなんて。  葉山丈一は椅子に座りながら妻の姿を見ていた。  ベッドを挟んだ反対側には香織の妹、香奈が座っている。  ICUでの面会は十五分だと伝えられていた。幼稚園児の息子は香織の母親に預けてある。 「ママ、はやくよくなるといいね」  息子の無邪気な言葉が苦しくて、丈一は強く抱きしめる。涙が出そうになるのを必死に堪えた。  妻が交通事故に遭ったと聞いたのは、丈一が外回りからちょうど帰ってきたときのことだった。見知らぬ市外局番からの電話に一抹の不安がよぎり、通話ボタンを押した後のことはあまり覚えてはいない。  看護師が内容を伝えていたはずだったが、彼が捉えたのは集中治療室という言葉と危険な状態だということだけであった。  妻が道路で頭から血を流して倒れ込んでいる映像が脳裏によぎり、顔が青ざめる。体が震える。心臓が早鐘を打つ。 「葉山さん? 聞こえてますか?」  看護師の声で現実に戻された丈一は、震える手で病院の名前をメモ用紙に記入して電話を切った。  上司に報告をしてからすぐにタクシーに乗ったのだが、どうやってタクシーを呼んだのかわからない。気がつくと車は走り出していた。  病院に着いて、縋るように看護師に伝えた彼は案内された待合所で医師から詳しい状況を説明された。 「奥様はお昼前に買い物に出かけていたようで、近くのスーパーに自転車に乗って向かっていたようです。その際、乗用車に撥ねられてしまい、ここへ運ばれました。ご家族の方へご連絡できますか? 危険な状態です。頭を強く打っていて、意識が戻りません。葉山さん? 落ち着いてください」  男性医師は真剣な目でそう伝えた。  頭の中には香織の顔が何度も映り、すぐに消えていく。  その後、香織の両親と妹の香奈が来て皆が祈るように椅子に座った。  息子の光綺(こうき)は丈一のすぐ近くに座り、「ママはどこ?」と何度も尋ねてくる。その答えが見つからず、彼は頭を撫でて、強く抱きしめることしかできなかった。  それからどれぐらいの時間が経っただろうか。  医師に呼ばれ、集中治療室がある場所へ案内されると、窓ガラス越しに妻の姿を確認することができた。  彼女の口元には人工呼吸器が装着され、色々な管が体から伸びていた。  息子は疲れて眠ってしまい、義母の腕の中にいる。それはかえってよかったのかもしれないと思った。ママのこんな姿は見せられないから。
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