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 見上げると、星の明るい夜が広がっていた。  ここ数日、ずっと居座っていた雨雲が消え去ったことで、中空に浮かぶ上弦の月がくっきりと美しい。  澄んだ藍色の空が煌々と輝く星たちを従えている光景は、見ているだけで、どこか心地良く感じるものだ。 「まさに、煌星(きらぼし)ですね」 「え……」  隣で空を見上げていた恋人の声に、一瞬、驚きの目を向けてしまったのには理由がある。まさに今、自分が脳内で浮かべていたものと同じワードを彼が口にしたからだ。  煌星。自分の名、(こう)と同じ文字を含む単語は自分にとって特別なもの。今は亡き祖母が名付けてくれた由来となった言葉だから。  ——顔を上げなさい。俯いていては満天の煌星が見えないでしょう? ほら、背すじを伸ばして上を向いて? 誰に何を言われても堂々としていなさい。それだけで……。 「煌先輩? どうしました?」  「……いや、別に……」  かつて、出生の秘密や戸籍上の父親との軋轢が原因で、自分の殻に閉じこもっていた時期があった。その時に、祖母に言われた言葉を思い出していた。俯くな。堂々としていろ。実の父親が誰でも、自分の孫として生まれてきてくれたあなたには、それだけで途轍もない価値がある、と。 「俺も同じことを思っただけだ。綺麗な星空だな」  星の煌めきを見るためには、顔を上げていなくてはいけない。だから、俯くな。自分を卑下するな。煌星から一字を取って煌と名付けたのはそれが理由だ、と祖母に言われた時の話をしても良かったが、そんな昔語りをして、せっかくの二人の時間が湿っぽくなるのは嫌だ。 「ええ、本当に。俺も久しぶりにゆっくり空を見上げた気がします。良いものですね。満天の星空」 「だな。それに、そろそろじゃないか? その、満天の星空を背景に、光の競演が始まる時刻は」  そうだ。俺の感傷なんか、どうでもいい。湿っぽくなってる場合じゃない。なにせ——。 「あと十七分後ですね。予定通りなら」 「マジか。楽しみだな」 「はい」  今日は、三ヶ月ぶりに恋人と過ごせる夜。そして、初めての花火デートの日だ。
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